JUGEMテーマ:日常

 

突然右肩が痛み、右上腕部が動かなくなった。

右が骨折した人みたいに使い物にならないので、整形外科へと駆け込んだのだが、その世界がもうどこからつっこんでいいのかわからないほどのカオスだった。

 

紆余曲折あって整形外科は3か所、整骨院1か所行く羽目になりましたが、家から近いので薬をもらいにいくなら近いところかと最初に行った病院を再訪し、その時がトドメだったように思う。

 

まず、受付行ったら体がくの字ならぬ「つ」の字に曲がっているご老人が複数いた。
つの字なので90度ではすまない。さらに進んで110度くらい。

つまり、前をみるどころか自身の膝をみながら歩いている状態なので、前が全く見えていない。

外歩いて大丈夫なのか?と心配になるレベル。そういうおばあさんとかが無言でじりじりと歩いてくるのでそこをまず避けなければならない。あまり昔ほど腰の曲がったご老人を見かけなくなったと思っていたが、超高齢化社会をなめてはいけない。きっとさくさく出歩くわけにもいかず、こうして病院にきてはリハビリにきているのだろう、たぶん。

 

そして、来ているご老人がほぼ全員知り合い状態らしく、受付くるなり待合室の人にも全員挨拶。

あらー今日は遅かったじゃないのーなどと口々に軽口をたたきあっている。

そこに現れるリハビリ指導員(正式名称がわからない)が
「ヨシコさん、来た?じゃあ、リハビリやりますよー。」
と声をかけると、ヨシコさんと思しき老女は
「あら、あんた。アタシ、いま来たばっかりでそんなにすぐ動けないわよ。それができればこんなところ来てないわよ。ちょっと待ってくれない?」
と返す。
リハビリ指導員さんは
「えー、じゃあサキさん、やりましょうか。」と問えば
サキさんは
「あら、わたしだってそんなにすぐ動けないわ。おぶってくれないと。」
リハビリ

「いやだよ、こっちの腰が折れる。こっちも年なんだよ。」
サキさん

「そうはいったってわたしの半分じゃないの。」
といってリハビリ指導員の腕をバンバンとたたく。
「ちょっと、骨が折れちゃうからやめてよーこっちがリハビリしなくちゃ。暴力はんたーい!じゃあトシコさん!」
トシコさん
「はいはい、私がいきますよ。」
トシコさんとリハビリ指導員が退場し、サキさんとヨシコさんは来たばっかりなんだからお喋りしましょうと井戸端会議が始まる。
とまあ、ついて10分で私はもうおなか一杯。


自分の診察でも一波乱。
初診時の先生が風邪でお休みと言われ、別の診察室に行けば

大黒様みたいな神々しいおじいちゃん先生がいた。
が、間髪入れずに「注射する?」
いえ、痛みが和らいできたので、薬と湿布の処方をもう一度お願いしたいのですがと言えば
「はいはい、リハビリだな。」といってリハビリというハンコをカルテにググっと押している。


え?


どっからリハビリという言葉が?とはてなマークいっぱいで座っていると、
「じゃ、リハビリやって帰ってね。」で診察が終わろうとするではないか。
横にいた看護師が慌てもせず
「先生、この患者さん薬と湿布の再処方をお願いしていますよ。」とフォロー。
先生「あ?ああ、薬ね。」といって薬の処方を書き足し「ハイ!」
「先生、湿布もです。」「え?ああ、湿布ね」
「ハイ!お大事に。」
大丈夫だろうか、この先生。

 

リハビリはウォーターベットでの全身マッサージだったのだが、全身とはいうものの、マッサージされているなと感じたのは足、腰、背中の真ん中あたりまで。私の疾患部位は最初に書きましたが、「右腕」

腕も背中や腰に繋がっているから??

ともうはてなマークがさらに増える一方。

一応、リハビリ前にこれはなんですかと聞いたら全身マッサージだと言われたので、そうですかと素直に従ったんですが、痛いのは右腕だともう一度言うべきだったのか。


待合室では四苦八苦してコートを着ていたら、ものすごくスローにしか動けないらしいおばあさんに憐れまれ手助けされた。

 

そしてダメ押しに会計時
「530円です」
といわれて財布を見ると、あれ?お札がない。
小銭も心もとない。
トレイにかき集めて出したら500円しかない!!

「30円足りないので、家族にお金を持ってきてもらいます。」と告げたら大爆笑された。


家人に電話で30円持ってきてくれと頼むと
「一芸やって30円まけてもらったら?」
とヒーヒー笑いながら言われるではないか。

 

えーっと、病院を心の中で盛大にディスった天罰でしょうか。
大丈夫か、自分。

先日父親から電話が来て喋っていたら
父親の会話キーワードが
「世の中バカばっかり」

とくに同年代の女性に対して非常に攻撃的で、

いかに団塊世代の女性が感情的に物事を判断してモノを考えない生活を送っているか、だからどうにもならんのだと怪気炎。

自分だってたいした人間じゃないけど
トランプ政権がどうした、EUがなんちゃら
日本に静かに拡がる貧困問題がうんたら
みたいな会話が一応できる+できる周囲の人がいる自分は(まだ)バランス感覚があるが
そういう会話に対して「?マークいっぱいの人間はダメ。」とギャーギャー言っていた。

 

たいした人間じゃないといいつつ
明らかに自分は入っていない状態でdisりまくる父に辟易しながら聞いていて
標題のことを思ったり。

 

周囲がバカばっかりだとする。
でも大半がそういう人だというのならそっちが大衆のレベルであり
その大衆の気持ちを変えられず悪態だけついている父も大衆の1人になるわけで。

ぱっとみて大衆の中にトランプ大統領ってあのカツラっぽい人でしょ?くらいな認識のAさんと
為替の変動から北朝鮮含む世界の動向についてまで自分の意見を述べられるBさんの区別が付くわけはなく。
その時点でバカばっかりの一員なのだ、私も父も父がdisる人も。

そう考えると、父が批判する人と言ってる内容は大して変わらないんじゃないかと思うわけ。

だって、私に伝わってくるのは(自分以外)バカばっかりな周囲の奴らっていうフレーズだけだしw

 

と言いませんけどね(笑)

 

現在の日米ガーと政治について息巻く父に

私の民意はここ10年以上選挙で反映されたことがないよと言ったら

 

お前の民意がおかしいんじゃないの?と笑いながら言われて妙に凹みましたね。

タイトルが自分に返ってきた衝撃(笑)

 

私は雨女である。
そして、私の父も雨男である。

この日は降って欲しくないという日に限って悪天候というのがよくある。
なので、受験の時は、泊まるような距離ではないけど
雪で電車が止まるかもしれないからっていう理由でわざわざ都内に宿泊したりした。
子どもの受験やらなにやらには殆ど興味の無かった両親も、試験日の天候だけは絶対にどこかで悪天候になるだろうからと
受験する学校が決まるやいなや、東京のホテル予約してこい、そこは金をだしてやると言われました。
そして、本当に受験日に雪が降ったりしたもんですw

家人には、「あんたはもってるね。」と言われます。


・ディズニーランド行った日に氷雨になり、凍えるような寒さ+パレード中止
・それならばと夏花火大会に行こうと計画したら当日は台風で花火大会が開始5分で中止
・やっぱりディズニーリベンジでしょ!と結婚式の二次会で当たってタダで行ったディズニーは雪になり、やはりパレードが中止に。

 

この辺が付き合い始めのほうにあったので、何かのイベントで雨風吹き荒れると、ニヤニヤするように。

 

祖母は足が悪くみんなで家族旅行というのを億劫がったので
あまり家族で旅行をしたことがなかったのだが、一度だけ車で一泊旅行へということがあった。
この時などは、台風がやってきまして、台風とともに北上。
帰るときは強風吹き荒れ、道路の一部が冠水しており
タイヤが半分くらい埋まる中、父が鬼の形相で車を運転していたのを記憶している。

そうそう、夏のヨーロッパに行ったときも記録的な寒さだとかで、向こうの友人に揶揄されました・・・

とまあ、こんなエピソードばかりなんですが
その原因が血筋にあることが判明しました。

祖母の葬式前日、明日は雪になるか?という微妙な天気で通夜の時は一日雨でした。
伯母たちが
「やっぱりねえ、母さんは嵐を呼ぶ女っていう異名をとったのよ〜」
「明日もきっと雪が降る。でも納骨が中止になるような事にはならないと思うわー」
というではありませんか。

すると、従兄弟たちが
「おれも大事な日にはだいたい悪天候だ」
「おれもだ」
と言い出すではないか。
これだけそろえばピーカンになるわけがない(笑)

かくして、葬式当日はぎりぎり雪が積もるのを免れたどんよりとした降ったりやんだりの天気に。
絶妙な天候で納骨は無事終わりました。

49日もどんよりした天候でしたが、なんとか雨は降らず。
みんなで、血は争えないといいあった。

ちなみに、おばあちゃんは、豪雪地帯で有名な新潟県津南町の山の方に住んでいたので
ちょっと近所までと歩いていって、帰りに家の前で遭難しかけたこともあると言っていた。
そんなバカなと関東平野で育った私は思いましたが
この話は本当だとこの葬式の場でおばあちゃんの甥にあたるという80近い方に言われました。

高校時代に仲の良い友達が山岳部にいっぱいいたので誘われたことがあるのですが
当時から遠出したりすると悪天候になっており
山の天気なんて恐ろしくてと思い尻込みして入部しませんでしたが、その判断は正しかったと今でも思っている。

私がバリバリのインドア派になったのもこの血筋のせいかもしれない(笑)

 

母とは全く性格が違うし、容姿もあまり似てると言われたことがないし、趣味も合わないので、母とは買い物も一緒に行かない。
母は身体を動かすのが好きで何十年も水泳やらマラソンをしているが私は死ぬほど苦手。

本を読めば2ページ目で寝てしまうくらい活字が苦手な人。

けれども、それで若干いやな思いをしたらしく私と弟にはとにかく絵本を読んでくれて

百科事典や文学集を取り揃えてくれた。

私は今にして思えば、百科事典をとにかく繰り返し繰り返し眺めていたので今でもいろんなページが頭の中にでてくる。


普段から連絡も取りあわない。
誕生日には一応メールがくるんだけど、そのフレーズがほぼ毎年同じで
顔文字がなぜか号泣してる顔なのが、なんで?と思いつつニヤニヤする程度。

 

私は小さい頃身体が弱く疳の虫も強くて
(弟もそういうタイプ。かつ弟はさらに気難しかったw)
母がつきっきりだったのを覚えているし
大きくなってきてからは、ほぼ干渉された記憶がない。
勉強しろと言われたこともなければ、通知表をみせてとかテストはと聞かれたことも一回もない。


これについては、祖母がそういう点が教育ばあさんだったというのと
母自身があんまり勉強は得意じゃなかったそうで、いろいろ聞かれてもわからないから触れないという人だったらしい。
現にいまだに偏差値の意味もよくわかっていないです。
これには助かりましたw

大学とかも良く知らない(興味がない)。

 


母がいつぞやか愚痴っていたのを聞いて笑ってしまったエピソードがある。
結婚時に退職した会社の再雇用制度の案内があってパートとして復帰していた会社でのこと。
会社の総合職の人たちは大手だったので有名大卒の人たちが多かったらしいが、それを鼻にかけているような人がまれにいたんだそうで。
母に大学にまつわる自慢をしたらしいのだが、母はその大学を知らないのですこぶる反応が悪かった。
その人に大学名を連呼されたけど知らなかったので「知らない」というと驚愕され、なんでそんなことも知らないのかといわれて、憤慨して帰ってきました。
大学名なんて言われたって、普段言ってること全然わかんないから頭の悪い学校だと思ってた
なんて本人の前でいったら刺されそうな暴言を家でぼそぼそ言ってましたw

仕事するのに大学の名前なんて関係ないしっていうお母さん、その通りだよ!ってことも同時に言っていた。


なかなかに天然不思議ちゃんな人ではありますが
自分と全然違うタイプの人が母でよかったと思う今日この頃。

今まで、紹介して欲しいと言われたらそれなりに紹介してきました。
どの男性も女性も性格、仕事、見た目それぞれ好みや状況の差はあれど
婚活市場で低くみられるようなタイプはおりません。

ですが。
ぜーんぜんまとまらない。

自分にはそういう才能がないんだわと諦めていました。

ちょっと前に友人経由で従弟を紹介して貰えないか?という相談がありました。
この従弟には以前にも何人か紹介しましたが、どうも上手くいかなかったので
今回もまあ紹介はするけど、あとは当人同士の問題だしとあまり期待していなかった。

しかも今回従弟に紹介したのは、私の友人の友人の友人。
つまり、私はぜーんぜん知らない人。
私の友人も会ったことがない。
友人の友人という人自体が現在海外在住。
従弟もその紹介する友人女性も西日本在住。
私と友人は関東だけど、そうしょっちゅうは会えない。
とまあ、SNS時代じゃないと絶対成り立たない出会いであり、メールも
私から友人→海外の友人→西日本の紹介女性
向こうからの返事も同じように返ってきて、そこから私の従兄弟へ
みたいな複雑さで物事が進みました。

なのですが・・・
一度会ったらあれよあれよという間にまとまり、なんと紹介から4ヵ月で入籍しました。
そして、結婚後すぐ妊娠し、双方40代にしてお子さんが産まれました!

従弟はパートナーが欲しい、子どもは産まれたら嬉しいが
自分自身も紆余曲折してきたのでそこまで望まない、一緒にいて楽しい人かどうかが大事と言っていましたが
それがよかったようです。
そして、まとまるときって本当にちゃんとまとまるんだなーと感心してしまった。
年齢的にも結婚後すぐに自然妊娠&出産って相当相性が良かったんだろうなあ・・・。

でもまあ、この自分と合うかどうかっていうのが曖昧かつみなあまり妥協できないもので
従弟も何度か小難しいことをいったり、ネガティブになるので
私やなぜか私の父(従弟にとっては叔父)が励ましたり、アドバイスしたりとまあ鈴之助一家が暗躍した結果でもあるw

従弟と結婚するに至った女性側も友人たちが心配しており
時に励まし、時に悩みを聞きと同じように暗躍していました。

私の従兄弟は、同世代が多く(同級生の従弟が4人もいる)今でも従弟同士わりとつきあいがある。

今回のこの従弟は、全く偶然なのだが
私が社会人なりたての頃に住んでたアパートが、この従弟のアパートから徒歩2分だった。
親同士が喋ってて、あれ?この住所って近い?とそれぞれ子どもに伝えて発覚。
なので、当時たまに一緒にご飯食べたりしました。

でも、今考えてもあの距離はビックリだったな。
別にそれぞれの学校やら職場も近くはなかったのに。
結婚の縁を結ぶっていう使命がその頃からあった気がしてきた(笑)

なにはともあれ、めでたい。

おめでとう!

同僚に、プログラミングセンス抜群で頭の回転の速いAさんがいる。

彼は変わった経歴の持ち主で
高校卒業後にガソリンスタンド勤務の契約社員となったが半年で辞め、受験勉強して難関の理系私大へ進学している。

なんでそもそも半年で辞めたのかと聞くと
話は中学時代に遡った。

なんでも、彼の友達はみんな一様に勉強が不得意。

が、彼自身はなんと県で3本の指に入る進学校(私も同県の出身なのでよく知っている。いわゆる偏差値でいうと70レベルのところ)を受験するように言われていたのだそうだ。
だが、そちらに進学すると友達がいない。
学校でその高校を受験する集団があまり好きではない。

それだけの理由で友達と同じ高校を受けることにした、と。

友達がみんな入学できそうな高校となると偏差値で言うと34くらいの高校しかなくそこへ進学。
全く授業を受けずに遊び回ったが、彼はペーパーテストだけは授業を受けていなくても
ちらっと教科書を読めば出来た。それで卒業は可能だった。

卒業すると今度は仕事をしないと、遊ぶ金がないということで近所の工場に勤務することに。

が。

仕事すると、そんなに遊んでばかりもいられない。
考える時間と暇が出来た。
仕事は単調。
友達は新しい生活に慣れるのに必死でそんなに遊べない。
そのうち結婚して、子どもがうまれてとなるともっと遊べない。
そして、仕事をどれだけ頑張っても自分が欲しいと思うだけの給与が貰えないことに気付いたそうだ。
(遅いよ・・・)

これは人生仕切り直しが必要だと10月から試験勉強をするために仕事を辞めて2月に受験→合格し大学へ。
けれども、大学も自分がやりたいことはかなり限られ、楽しくないことに気付いたとかで留年(笑)
その後卒業し、就職。

いまや二児の父。

確かに頭は切れる。が、結構ナマケモノw
しかし、ほどよく働いて結構なイクメン。
どうもそのお子さんの1人は聞く限り優秀。
ひらがな、カタカナは本読んでるうちに3歳でマスター
お友達がやっているドリルに興味を示し、親にドリルをせがむ。
最初から最後までやりたがるのでドリルがいくつあっても足りないと今では毎日何頁分か切り離して与えているそうだが
それでも毎日ドリルを遊びとして解いているそうで、5歳にして四則演算と小3の漢字までは習得してしまったそうだ。
最近は質問してもすぐに親が答えてくれないとつまらないとかで塾に行きたいと言いだしているという。


同僚は、塾なんて金かかるのはNG!
高校大学は行っても良いけど、お金掛かるから国公立のみ、浪人とかも勘弁ですねー。


おーい!アンタ自身はっ!!

ああ、勿体ない。
私ならホイホイ塾入れちゃう(笑)
鈴太郎の成長と比べるとめまいがでるくらい違う。
読書好きとのことなので、国語力で学生時代生き抜いたワタクシが厳選し
けれども鈴太郎が食い付いたり食い付かなかったりした絵本をお譲りしたのだが。

「スゴイ気に入ったものがあったようで、ありがとうございますー。
北極号なんちゃらってやつ。毎日読んでますよ!」


かー!
あなたの息子はお目が高い!!

その本は
急行「北極号」クリス・ヴァン・オールズバーグ作、村上春樹翻訳の絵本です。
ポーラー・エクスプレスというロバートゼメキス監督がフルCGのアニメ映画にもした名作です。
イラストレーターでもある著者の繊細かつ暖かみのある絵、大人でも読むとじーんとする余韻のあるストーリー、作家の村上春樹氏による素晴らしい翻訳。
これらがダイレクトに伝わっているなんて、すばらしーの一言。
鈴太郎は鼻ほじりながら私が読み聞かせるのを流し聞きしたのみ・・・w

まあ、このお子さんも同僚と同じようにどう生きてもわりと楽しく生きてゆけそうなので
いいんだろうけど、だがしかしBUT(笑)

せめてナマケモノにはならないでね〜(ヒドイw)



 

ある日の事。


「す、鈴之助さん、その左腕についているものはなんですかっ?」

会社の同僚が問う。

「ん?この左手首にあるレザーの・・・?」

「そうです、そうです!ウデワですかっ?なぜウデワ?!存在感ありすぎです。」


ウデワ?


腕輪って!!


いやー私服を2着しかもってない(本人曰く、土日にそれぞれ別の服が着られるなら平日はスーツだから事足りるらしい)

男子すらも気になる存在感、それは腕輪。


ちがう、ちがう。いくらなんでも腕輪って。
(間違ってないのだが)

するとそこへ新人男子
「腕輪はないでしょー!Sさん!アームバンドっすよね?鈴之助さん!」


あ、アームバンド?

スポーツか。


「違うよ。」

「え?なんか敵を倒すアイテムですよね。もしくは汗どめっすよね?」

チガウー!

「バングルって言ってもらえない?」


S君「ババババババングル????」


ババングルとかじゃありません。


かくして、お洒落がなぜかこうしてお笑いネタに転化されてしまう私の日常。

JUGEMテーマ:日記・一般

我が家はあまり車を使わない。
5人家族だが10年ずうっと同じ軽自動車。
その前の車は義父がやはり10年乗っていたが、10年で2万キロしか走っていなかった。
今も似たような走行距離なので、車検の度に少ないですね〜と言われる。

住んでいるあたりは、東京といえどわりと車社会の場所だからなおさらだろう。

まず、鈴太郎が生まれるときに
ディーラーが待ってましたとばかりに

買い換えですか?買い換えですよねぇ♪
だって、家族全員乗れませんからね!


と鼻息も荒く言っていたのが忘れられない。
この時にうちは全員で遠出しないから買い換えませんと無碍に断った。

その後も車検だ、点検だと葉書やら電話がちょくちょくくる。
たまに私が電話に出ただけでも
「そろそろ買い換えますよね?」
「いえ、買い換えません。」
「ええ?!だってご家族で遠出するのに不便じゃないですか?」
「うちは家族で電車が好きなんですよね〜。」
(半ば事実)
と言ってみたら
「自動車会社の敵ですね。」
という返しが(笑)

他にも
「あー、だいぶ傷が!買い取り価格が結構下がっちゃってますよ。これ以上下がる前に買い換えた方が・・・」
→(うちの返事)買い換えなければお金かからないのでいいです。
とか
「車を変えたら、もっと乗りたくなって走行距離も伸びるんじゃないですかね」
→慣れなくて余計に走行距離が縮まりそうで。
とかとか。

さらに
「車の寿命ってどのくらいか知ってます?だいたい12年なんですよー、お宅はすでに10年ですね!」
と言われて家人が
「あー、じゃあまだ2年は大丈夫ですね!」
と返したら
「・・・そういう問題じゃないんですよ。」
とため息をつかれたりという毎度コントを繰り広げる間柄。

とりあえず、微妙になれなれしい距離感で営業をかけてくるので
うちでは裏で営業ホストさんと呼んでます。

向こうもどうやら呆れ気味のようで
今回は車のチラシとともに珍しくお手紙が同封されており、その末尾には以下の文章が。

「現在フェアを開催中です。勝手なお願いですが、そろそろいかがでしょうか?」

不覚にも家人とニヤリとしてしまった。
異動しないうちに購入してあげなければいけないでしょうかねw
(そういえば、異動しないな。ないのか?)

 

個人的に、家人の素晴らしい美点の一つだと思っているところは、食べ物に細かいことをいわないところである。
おかずとして認めていないからテンションがあがらないといわれている
ホワイトシチューとおでんで無い限りは、だいたいよく食べる。

実家の父は、薄い、濃いに始まり、出汁の種類にまでいろいろと細分化された嗜好があって、母はたいそう苦労していた。
で、私はというと小さい頃はいろいろなものの匂いや味の許容範囲が狭くてものすごく偏食だった。
母がせっかく手作りのプリンを作ってくれても、そもそもプリンが食べられない。
そんなことばかりで作り甲斐のない子供だった。
今では嘘だろ?ってくらい食べ物に執着しまくってますが。

なもので、私は男性も食べっぷりのよい方が好きです。
いろいろうんちくを述べて作ってくれなくていいです。
いっそ味音痴でなんでもおいしい、おいしいとたくさん食べてくれる方がいい(笑)

私自身が特筆すべき味覚を持つわけでも
卓越すべき料理の腕があるわけでもないのに
自宅においては好きにやりたいので、色々指示されたり味にケチを付けられたりしたくない。

最も大事なのが、頭の中にある工程通りに描いている料理を作り上げること。
いわゆるだんどりです。
これが思い描いた工程通りにできたときにスカっとするんですよね。

でも、家人には調理する姿が乱暴だと言われ
実母には、落ち着かないと言われ
義母は、いつもはのんびりしているのに調理するときだけ異様に早いと言われる。


これはすべて、作ったらすぐ食べたいからです(笑)

鈴太郎が生まれたとき、あらゆる意味で家人に似ますようにと祈りました。


、ここまでの前振り、およびここのブログを読んできた方はおわかりなように

鈴太郎は私や父と同じタイプであった。

家人は味噌の汁の出汁をいりこにしようが、かつおにしようが味噌汁は味噌汁ですから!と同じように食しますが、鈴太郎はいりこだと少なめ。昆布だしや鰹だしの時は必ずおかわりする。つーか、出汁とっているときに、匂いをかぎつけて起きてきたりする。
味噌自体も家人も鈴太郎も赤味噌やそれに準ずる濃い系の味噌が好きなのだが
白味噌仕立てでも家人は文句言わずに飲む。
が、鈴太郎はギャーギャーいう。あげく食べなかったりする。


好物のキュウリのゆず胡椒昆布和えに、ある時塩麹を垂らしただけで、ワーワー言って食べない。

カレーに隠し味ではちみついれたら、家人にはほんのりした甘さが旨い!と大絶賛だったのに、そのほんのりした甘さにおかんむり。カレーに甘さはいらないんだよねっていわれました。

あーめんどくさい。

シンプルな料理ばかりが好物なので作り甲斐がない。

鶏肉なら、塩こしょうしてオーブンで20分焼いたものでいいわけ。
隠し味で本人が気に入っているのがレモンやゆず胡椒なので、それ以外は醤油以外NGだし。
ただ、無駄にスパイスの許容範囲だけは広く、スパイスや香辛料はガンガン入れてもだいたい大丈夫。

イヤなところって似ますね。そして、自覚があるだけに目につく。恐ろしい(笑)
というわけで、私としてはそう育てているつもりはないのに
めんどくさい男街道を驀進中なのであります。

将来、鈴太郎のお嫁さん(結婚できるのかしらんが)には私のせいではないと声を大にして言いたい。
そのために、とりあえず自分の食べるものは自分で作る男にはしておきます。

しかししかし

食の好みは確かに偏狭ではあるけれど、疑り深いのとなにげに野菜はよく食べるので妙なモノを簡単に口にしないのは助かっている。

義母には、うちの孫達は小さい頃からみんなよく食べるのに
タイプが違うのは私が食に対して神経質すぎるから、だから身体も小さめなんじゃないかと良く言われるけど。
私自身は細かすぎる点を省けば割と彼の趣向自体は良い方向じゃないかと思っているので、スルーしちゃってます。

っていうか、昭和3,40年代に子育てした人々って洋食信仰強いですよね・・・
その頃に洋食がどーんと一般家庭にも普及したから仕方がないんだけど。
子どもはオムライスとか大好きに違いないっていう。

私自身が、その母親の思いこみにより母自身が好きではない洋食を懸命に作ってくれたんですが
ケチャップやソース味に馴染めず。
かえってより苦手に・・・

ナポリタンは未だに好きじゃない。

前回

メリットは先生方や保護者の間で顔がわかるようになることと、子どもの学校での様子をかいま見られること、学校の運営や雰囲気がかなりわかるようになることですかね〜。そんなん知らなくてもイイって人にはメリットはない!



と書ききってしまいましたが、もう一つ大きなメリットがありました。



ママ友が増える。



ママ友って必要か?と言われると別にいなくてもどうにかはなる。

けれども、本当にいた方がいいのは幼稚園や保育園時代より小学校や中学ではないかという気がする。

保育園や幼稚園って基本先生に接する機会がかなり多いので、なんだかんだ子どもの様子がわかるのですが

小学校はおしゃべりなお子さん以外普段の様子がさっぱりわからなくなりますw

役員だって毎年やったら私は気が狂います。



で、役員やってできたママ友さんが複数居て

親の間になんとなくネットワークを拡げておくと、思っても観ない方向から情報が入ってくるんですよね〜。

普段特に親しくはしていないけど同じクラスになったよってことで、子どもの学校の様子がそのお子さん経由でママ友さんから聞かされたり。



また、何かあったときに、全く知らない同士よりは顔見知りのほうがお互い話も通じる。

子ども自身も成長しているので、喋ったはいいが、都合の悪いことは省いたり忘れたとかいうこともあるんでね。

何かあった時に、我が子の話だけで物事を理解しようとすると、事実から遠く離れていく可能性も大きくなります。

親に見せている姿が全てではなくなってくるので、鵜呑みに出来ない。

そういうとき、別の角度からの話が聞けると、その話の欠けている部分が埋まったり

自分の子どもがどういう伝え方をしているのか、別の子からみた我が子の様子もわかったりする。



それに小学校受験でもしない限り小学校は選択の余地がないけど、中学や高校はそうではなくなってくるので

塾やら習い事やらもそうだけど、なんとなく学校の情報とか、地元の活きた情報が入ってきやすいのは情報収集力があがるし。

習い事についても、同じ。

昔と違っていろんな選択肢があるんでねぇ。

で、そういうニッチな情報はネットが発達したところでネットにはないんですよ。

やはりクチコミなのです。



従兄には、

「ばあちゃんそっくりだな。お前どこにでも友達と知り合いがいるし、すぐ友達になるよな〜」

って言われましたが、イヤイヤ、いくらなんでもきっかけがないと友達も知り合いもできません。

そもそも、義母あたりにも激しく勘違いされている気がするし、あんまり指摘もされないけど、かなり人見知りなんだよー。



子ども産むまで数年間今の居住区に知人も友人もゼロでした。

妊娠中も母親学級とか他の人と一言も話さなかったし、出産まで知り合いすらできませんでした。

骨密度測ってもらいにいこうと市役所が主催する新生児と母親の集まりみたいなものにいって

初めて知り合いができて今も細々お付き合いが続いている。



保育園も2,3年経ってからかなあ。家族ぐるみでたまに遊んだりするようになったの。

家族ぐるみで遊ぶようなところの親御さんとは、映画や音楽や本の話で盛り上がってます。


そういいつつ、今でも内心
PTAなんて滅べばいいとか思ってるんだけどw
(そもそも子供のためにとみんな引き受けるのに、行事なんかでは我が子の事はほったらかしに雑務をこなしたりしなければならないと本末転倒な事態になるし)


子どもの違う側面がみえたり、学校の運営がかいま見えたり

大人同士の関係も増えたりするのはやはり色々と勉強になることが多くて面白いとはいえるので、やったほうがいいのかと聞かれたら関わったほうがいいと答える。

私の場合は、さらに美大の先生とお知り合いになれた事で、別途数家族で先生とお会いして大学の美術館を案内していただく機会なんてものも生まれました。
贅沢ですよね。
美術館のキュレーターをされてた方の解説付きで美術館を回れるなんて!
先生から面白そうな美術の展覧やイベントの案内などもちょこちょこいただくようになり、去年色々やってよかったと心から思ってます。


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