原題:Sushi and Beyond: What the Japanese Know About Cooking

海外へ行ったり、海外に居る人の話を聞く度に思うのが日本の食事や味覚のことだ。

どの国の人も味覚に鋭い人と鈍い人がいるけれども、美味しいと思うものは一緒ではないかと昔は思っていたのだが、味覚は作られるモノで、磨かれるものだと悟ったのは大学生の時のバイト先だった。
外国人のエアラインクルーが主な客である定食屋でバイトしていたとき、私や他のバイトの子にはそのままで充分濃厚な味のものに、アメリカだろうがフランスだろうが、ブラジルだろうが、かなりの確率で醤油を足して食べていたこと、特に白米はサラダだからといってドレッシングのように醤油をかけている姿は衝撃的だった。
好む食材にはある程度お国柄があるのに、醤油ドレッシング化は国籍関係なくかなりの国の人がやっていた。ただ、アジア圏の人はそういうことはしない人が多かった。(豆板醤を鬼のように掛ける人たちはいたけど)
単にお米を食べ慣れているからと思っていたのだが、これは口の中で味を混ぜ合わせる「口中調味」というのだそうで、日本やアジアの一部の国々の人しかできないんだとか。
そういわれてコドモをみていると、確かに彼らはおかずとご飯を一緒に食べない。
白いご飯をそのままにおかずを食べ、あとで白いご飯を何で食べるのか?と聞いてきたりする。
親は、おかずに味がついててしょっぱいのだからおかずを食べながらご飯を食べるんだよって教えたりする。
つまり、これ教えて訓練しないとできないってことなんですよね。だから日本人でもこれを練習しなかった人は出来ないはずだと聞いて「そうなんだー」とびっくりした。
ご飯に醤油をかける理由もこれだったのかと合点がいった。

そして、この「英国一家、日本を食べる」である。
3ヶ月間も日本にいて、筆者が著名なフードジャーナリストだそうで日本にも色々なコネがある人であり、相応の知識もある人なので料理はなかなかにディープで普通の日本人でも食べられないようなものを沢山食べたり、料理人にインタビューしている。
この本の面白いところは、家族も一緒に色々と日本の食事をするところ。
子供の反応がちょくちょく出てくるのだが、それが興味深い。
そして、インタビューの言葉がそこにオーバーラッップしてくる。

来日当時、4、6歳の二人の子供は、イギリスでなかなか野菜を食べずに親をてこずらせている最中。日本での食事をどれだけ受け入れてくれるかと心配しているところへ、いきなり気に入ったのが、軟骨の焼き鳥。
鈴太郎はまだ食べない。
あー、もう味覚の傾向が違うんだなーって面白い。

と、同時に。
テリヤキのパワーおそるべし(笑)
こどもたちは焼き鳥の甘辛いタレに夢中。

バイト先も看板メニューはテリヤキチキンソテーでしたが、どの国の人にもまんべんなく食べられていました。
(アフリカや中東の人があまりいなかったので、その辺は不明だけど)
砂糖、醤油にガーリックが主成分というアレンジ照り焼き料理でしたが、強火のガスでざっと炒め煮するチキンは私もやみつきでした。

一方で先程の口中調味に関わるのではないかと思われるお好み焼きのくだりもびっくりした。
筆者はお好み焼きも大好きで大阪でプレジデント千房で至福の時といった感じで味わっているのに、こどもたちは
「いろんな味が口の中でしてイヤだ」
と一口で終了してしまうのだ。

いろんな味が一度にするのがダメなんだー!!と私はものすごくビックリした。
その複雑さがいいんじゃないかと全く逆のことを思っているから。

たこ焼きもたこなんて食べられない!と食べる前に勘付いて拒否したとか。
オクトパスはアクマの生き物って言われているらしいからね〜。
ちなみに、鈴太郎もたこやきは好きですが、たこが食べられない。
たこやきのたこ抜きでという無茶をいいます(笑)

なにげにB級グルメといわれるものの中にも
舌が発達しないといろんな味がして気持ち悪いとか旨味を感じられないんですね。
食材が豊かな国に生まれ住んでいるというだけでも、味覚を鍛えるには凄く有利なんだなーと思います。
(かえすがえすもせめてあんな放射能物質をばらまくような事故がなければと悔やまれてならない。私は山菜もきのこももっと食べたいのだ!)

それを裏付けるように、筆者がインタビューした辻料理専門学校の辻氏との会話が興味深いのです。
学校の経営者である辻氏は中学から大学までイギリスに留学し流ちょうなイギリス英語を操る人らしい。
中高は寄宿学校でそこの食事が貧しくて辛かったと言うようなことをいうと
筆者が、よく料理の世界にきましたねというようなことを問う。
辻氏は、正直舌の感覚が戻るまでに帰ってきてから10年かかりましたと返答する。
料理人としての道は諦めざるを得なかったというような事も言っています。

世界に知られる料理人の息子として10歳弱まで日本で育ってもそんなに退化しちゃうのかーとこれまたびっくり。
何かで、味蕾細胞は歯の生え替わる時期5,6歳〜12歳くらいにかけてピークで旨味を含む五味はこの時期に感覚が養われると読んだのですが、その後の10年で戻っちゃうなんてかくも繊細な感覚なんですねぇ。
それでも、このノンフィクションもそうですが、世界中で世界中の料理が食べられる地域が増えることで、それぞれの味覚が豊かになっているのもまた事実なようで
5つめの味覚である「旨味」が世界的にも認められたことで味がわかる人が増え、今の日本料理の世界的な流行にも繋がっているのだそうです。

旨味は長くアジア圏にしかない味覚で欧米では認知されていなかったのだとか。
5つの味覚ではなく4つだったそう。
東洋は5ってなにげに重要ですよね。五行思想があるし。
そうじゃなくても五感があるから第六感という言葉もあるわけで。

話が逸れましたが
うちの鈴太郎もいってみれば醤油と出汁がないと生きていけないアミノ酸中毒ってヤツです。
これがね、顆粒出汁だとやっぱり威力半減みたいで、ダメなんですよねぇ。
なぜ人工物がダメかっていうと、やっぱり天然のバランスっていうのがヒトに必要なバランスと絡み合っているんじゃないかと思うんです。
それがわかる感受性をヒトはちゃんともって産まれてきているのではないかと。
(大人になるほど耐性やらいろんな経験やらで鈍くというか許容範囲も拡がるのかなーなんて)

また、その土地で生きるために必要な味覚を持って生まれてきているともいえる。
そして、住む土地がかわると必要な栄養の採り方も変わっていくものなのかなあ、と。

鈴太郎をイギリスの寄宿学校なんてやったら餓死するんじゃないかと思っていたのですが(笑)
案外そうなったら、もの凄く雑な味覚になるだけかもしれない。
あれほど出汁よこせといったアンタはどこへ?!みたいな。

だから、世界どこへいっても同じものが流通し、同じモノが食べられるっていうのは私は反対です。
空輸したり、船で運ぶだけで味変わっちゃったりするもの沢山ありますし。その土地の空気や温度だからこそ、新鮮だからこそ美味しいってもののほうが多いはず。

食べ物に限らずそこでしか通用しないものすべてを世界共通化、フラットにする必要はないと思う。
それによって不便だろうがガラパゴスだろうが、多様性こそが何かの時に人を救う道になると思うし。

実際に行かなきゃわからない、味わえないものがあるからこそ人は旅に出て、冒険するのです。

原書からいくつかエピソードが削られているという話ですが、日本語版でも充分面白いです。
どうも削られたエピもかなり面白いようなので、頑張って原書も読んでみようかな。
翻訳は時々訳のタイプで読めなくなることがあるのですが、これはとても巧い訳を当てられているのではないかと思います。
オススメです。

母親との関係、女の子同士の関係を描いた小説を続けて読んだ。
ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ 辻村深月
贖罪 湊かなえ

まず、ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。

山梨に住む幼馴染みのチエミが失踪。そして、母親が刺され亡くなっていた。
仲の良かった母娘に何が?

東京で結婚しフリーライターとして暮らすみずほは、故郷へチエミを探す手がかりを得るため、以前の友人達と連絡を取るが・・・

30歳を越え、揺れ動くそれぞれの立場の女性達、それも地元に残ったものと上京したもの、結婚して子供がいるもの、いないもの、独身、かつて他愛もない話をしていた友人達の状況は様々。母娘関係でもみなそれなりに葛藤を抱えている。

周囲の人が語るチエミ。話を聞くたびにみずほはじわじわと自身の姿もまた鏡のように見ることになる。
そのくだりが切迫感があってなんともいえない。

私が高校生の時にも、将来の結婚等に響くからと優秀なのに県外の学校はNGという子が一定数いた。

けれども、私には親のために20そこそこで親の近くで結婚し、やれ地域の祭りだ、行事だといっては女性達がかり出される社会に馴染むことは出来ないと今でも思う。
結果としてそうなったとしても、そこに親の意図が存在し私が選択した人生ではないことを後悔する時がくる。
嫌なことがあったときにきっと親のせいにするだろう。

ある枠組みがある方が安心して生きていけるタイプや、ずっと知っている世界だからこそ馴染んで生きていく事の方がスムーズな人も一定数いることはわかっている。
だから、この「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」で描かれるような格差や相反する気持ちは半分わかるが、半分わからない。

まず、友達同士での立場の違い。
現状男性よりも多くの分岐のある女性の人生。
これをはかり出すと女同士「友達」が消滅する可能性がある。だから私は立場を比べることに意味はないと思っている。

自分の身近なことを話してばかりいたら、比べざるを得ない人たちも多くでてくるでしょう。
地元で、実家にいたり安定した仕事だったりである程度余裕があると
その輪から抜け出した人間をズルイとか裏切り者と言いたくなる人も出てくるでしょう。
(都会はその点方々から人がくる地域が多いので、親の代からという関わりが薄い点で抜けられない閉塞感みたいなものは地方ほどない。下町とかだとまた違うかもしれないが。)

けれども、何かの前提が崩れると大きく変わるのが環境なので、それで人と自分を比べて焦ったり落ち込んだりするなんて、本当に不毛。

そして、母娘の関係に対する娘の葛藤も理解度は半分である。
母は過干渉でも放任でもなかったし、私自身の進路について
常に淡々としていて、ちょっと抜けていた母を頼りないなあと感じたこともあったけれど干渉されなかったというのは、母の素晴らしい美点であるということに気付いたのは大人になってから。

そんな母が、結婚が決まったとき
「行き来しやすい距離で良かった」
とだけ言った。
自身は遠方であまり実家に帰省できなかった事についてもう少し深く考えて地元に帰りやすい土地に嫁げば良かったと思ったといっていた。

そんな娘の私は、実は全く関東圏に住む気がなく、近くても関西圏に住む
出来れば外国だ!って思っていたのだから、人生どうなるかわかりません。

そして、自分自身がどういう母親であるかはまだよくわからないけれど。
自分も、子供も、狭いフィルターを通した価値観だけにならぬよう、それを押しつけないよう自由にのびのびと生きてゆきたいし、子供にはそう育って欲しい。

そう思わせる小説でした。

一方の贖罪。

辻村さんの方が、母親の態度に振り回されながらも断ち切れない親子の関係を娘の目線から書いているせいか、救いがあり目線が優しい。
なんだかんだいっても母親だから、娘だから、友達だからとどこかに良心というか温かい雰囲気が漂う気がするのに対し
湊さんが書く贖罪は、母親、娘、友達それぞれの関係に救いがない。
それぞれが非常に冷徹な目線を持ち、酷評し、切り捨てる。
時にその本人に向かって憎悪をむき出しにする。

なのに、どうしても一点に捕らわれて、みな自分を追い詰めるだけ追い詰めてしまうことの悲劇。

5章からなる話で、5人の視点から一つのことが語られる手法は告白と同じなのだが告白以上にかいま見える悪意がえげつない。
なのに今回も読ませる力が凄い。
ちょっとだけと読み始めたら止まらなくなり一気読みしてしまった。

しかし、女達のこの強さはなんだろうか。

桐生夏生が描く女性に似ている気がする。
それも、生々しさを取り払って無機質にしたような感じ。

ぎりぎりのところで虚勢をはったり守ったりして自分を保っているだけに、ひりひりするし、やっぱり読後感が悪い。けどやめられない。湊さんの小説は麻薬のようだ。
身体(心)に悪いのに読むのをやめられないw

しかししかし、母娘の関係の複雑さに戦慄する。

わたしはちょっとタイプが違うのかな。母との葛藤は心理的な面で殆どない。

父との関係でぶんどられたからかなー?

意外と母の干渉しないスタンスが私には良かったのかもしれない。

同じように育てられた弟はちょっと大変だったのよね。この話はまた別のところで。

書店でパラパラめくったらなかなか面白そうだったので購入し、早速家で読んでみた。
鈴太郎、大受け。家人も「へー、面白いね」
この絵本は机の上にりんごが一つおいてあるんだけど、それがりんごかもしれないしリンゴじゃない何か別のものかも、と妄想ともいうべき想像の世界を描いています。

皮をむいてもまた皮かも、ナシになりたかったのかもしれない、かつらをかぶりたいのかも、実は家かも、自分と入れ替わっちゃうかも。

鈴太郎は、りんごに沢山の兄弟がいるかもというページがいたくお気に入り。りんごの兄弟。
まず、ラ行でらんご、りんご、るんご、れんご、ろんごとそれらしくねじれたり広がったりしたりんごのようなものたちが描かれている。

というわけで子供たちへの読み聞かせで1年生の前で読んできました。

なかなか反応が良かったので、オススメします。

2013年10月31日まで


中脇さんの最新作。

実は、デビュー作「魚のように」以来。
私自身が高校生の時に高校生が書いた話ということで読んで以来、本当に久々に読みました。
発売当初たまたま書店で見かけて、おお!懐かしい名前だと気になっていたのをようやく読みました。
魚のようには「書きたい!」という本人の叫びのような瑞々しさが鮮烈な文章でしたが
今回のきみはいい子は、伝えたいという気持ちがぐっと胸に迫る。

「いい子だね。きみは悪い子じゃない、知ってるよ」
作者が一人一人に語りかけている、そう感じる5作の連作短編集。

といっても、テーマは虐待ですから、重く辛い話ばかりです。
けれどもそれらをことさら悲惨に陰惨に描くことはしない。
辛い中に一つの希望をほのかに見せたり、空気が変わる瞬間を綴っている。
生きていれば、きっと良いことがあるよ、良いことがある瞬間を願っているよと文章が語りかけてくる。

私自身は、虐待を受けた子どもではなかったけれど、親のその時の感情や空気を敏感に察知していた記憶はまざまざと残っている。
中でも、母自身は忘れていて拍子抜けしたのだが
私がかなり小さかった頃、母がバスを待っているときに突然「実家に帰りたい」と号泣した姿は今でも目の前に思い描けるくらいの衝撃を受けた。

いまなるべく自分自身が豊かな心持ちでいられるように楽しく生きていることを意識しているつもり。
子どもには親は絶対自分を愛してやまないと自己肯定感を持って貰いたいし、伸びやかに育って欲しいと思っている。

けれども、親の立場になれば子どもにイライラすることなぞしょっちゅうあって、嘆きたいときもあれば、なんらかの踏み外しや暴走が虐待に繋がるようなこともあるんじゃないかという危惧もある。
義母にふと鈴太郎は私の顔色をみて行動しすぎている気がする等と云われると、そんなに自分の意のままにしようとしているのかなあと考え込むこともある。

だから私はこの言葉を呪文にしようと思う。

「きみはいい子」
「私もいい子」

わたしたちはがんばっている。

個人的には子育てで時に悩み、手探りしているすべてのお母さんにオススメ。
ただし。
私は、この物語の中に作者が辛くても良いときが必ず誰にでもあるからその時のために生きていて欲しいというメッセージを感じたのですが、辛い方に傾く話は落ち込むという方には無理に勧めません。

書評を読んで面白そうだなと思ってから手に入るのに一か月くらいかかった。
私をしらないで
白河三兎

文庫での新刊らしいのに、このやる気のなさはなんなのか?集英社文庫。

両親の転勤により定期的に「転校生」となる主人公黒田。
13歳でとある横浜のはずれにある中学校に転入するところから物語ははじまる。

転校を繰り返し、クラスに溶け込む処世術を身に着けている黒田少年からみた各人物像。
クラスをまとめる女王、ミータン。その取り巻きであるアヤ。
嫌われ者でキヨコと名付けられている美少女・新藤ひかり。
後から転校してくるイケメンだけど妙に暑苦しい高野。

黒田の視点からみているので最初は平面的でシニカルな人物像が突然角度を変えて読み手に迫ってくる。
黒田君からみた彼らの印象が変わった瞬間を読者も体感する。

それぞれがみせる別の人物像。
隠れていた背景。
それらを必死に乗り越えようと奮闘する登場人物たち。

その辺がミステリ枠の賞(メフィスト賞)でデビューした人っぽいかもしれないがこれは、平成の青春小説だ。

黒田が、高野に放ったこの言葉にぐっときた。

「命は軽いんだ。自分の命の重さを決めるのは他人だ。僕は高野の命を重くする一人だ。だから言える。高野がしたことは僕にとって正しいことだった」

命は軽い。その重さを決めるのは他人。
なるほど。
そうかもしれない。
例えば、死にたくなった時、それを押しとどめるのは、親だったり友達を悲しませたくないって気持ちなんじゃないだろうか?

そして、この言葉もこういうと語弊があるかもしれないが、311後の社会だからこそ出てきた言葉としてリアルに響くんじゃないかと考えさせられた。
「足の裏で屍の感触を感じて生きろ。謝るな。償うな。死者の恩恵を受け入れて、それを無駄にするな。」

誰かがどこかで
生きていくことは忘れていくことって言ってたな、とふと思い出した。

生きていく限り、記憶は積み重なり、変化していく。
その時の気持ちはその時のもので、どうしても後々変容してしまう。
覚えているつもりでも、いつの日か色褪せてくる日がくるだろう。

結果的に切り捨てる、忘れ去ることになっても、それは、その人が生きている証。

子どもにとっては成長なのだが、ここに登場する主要人物はそれを畏れる。
忘れてしまう自分が薄情なのではないかと。
忘れられたことのある自分が傷ついた事があるから。
痛みを早くからしった子どもたちがおそれ、あがく。

けれども作者は送り出す。

忘れること、忘れてしまうことに脅えてはいけない。

前を向いて生きてゆけ

そう作者が語りかけてくるような意思を感じる小説。
若い人にぜひ読んでもらいたい。

忘れても、また関わりあって思い出せばよい。

それは、生きているからこそできること。

評価:
コメント:いろんな遊び方のできる本

自分の親同様私も結構ボーっとした親で、文字なんてそのうち読めるだろうと放置してましたら、どんどん

「ねえ、これはなんて読むの?」
「ねえ、この本読んで」
「これはなんて書いてあるの?」

のオンパレードに辟易といたしまして。
その場その場でこうだよ、ああだよってやっても他力本願で自分で読もうと言う気がない。
そういう賢いお子さんも多々いるようだが、鈴太郎は字よりも絵と音楽というタイプで全く字を読むとかそういう方向に行く気配がなかった。

私が読みたい本じゃないものをこんなに何度も読まされるのはイヤだわ!!
っていうなんとも自己中心的な理由でひらがなとカタカナ覚えていただきましょうってことで購入したのがこの本。

前フリとして風呂場にひらがなポスター貼って、しりとりをえんえんやってたらひらがな自体は読めるようになりました。

そのあと文章を読むにはまだスピードがのろのろだったのでこの絵本の出番。

しりとり遊びをレベルアップさせるにも役立つ。
いろんな語彙が絵で描いてありますから。

で、そこから派生して、あるページの単語だけを使ってオリジナルの物語を語って聞かせるというのに親子してはまっています。

例えば「れ」
れんしゅう、れつ、れんこん、れいぞうこ、れんが
という文字が五味さんの絵や写真とともに書いてある。
この単語を全部いれた即興のお話を作るのです。

この時は鈴太郎が保育園に行って遊んだり、ご飯食べたりの過程で楽器を弾くことになり
バイオリンが割り当てられるという話を作りました。
そのバイオリンをれんしゅうしても上手く弾けなかったのに
いきなりバイオリンが歌いだして、鈴太郎がその音色にあわせて一生懸命弾く真似をするというストーリーにしました。
物凄い高速で音を出すバイオリンに鈴太郎が必死で弾く真似をするシーンが大うけでした(笑)
参考までに、高速で弾くのがなぜか「剣の舞」とかだったりするw

なぜか単語には一緒に英語も書かれているので、大人も楽しいかも。

というわけで親子で楽しめます。



わたくし、占いなんてぇものを少々たしなんでおります。

その師匠が3月に新刊を出しました。

なんで風薫る5月の今頃になって書くのかというと

いろいろあってのばしのばしになっていたのではなくて(笑)

理由があるのです。ええ、こじつけですが。

震災、原発、そして4月は入社入学の季節。

今年は多くの人が価値観がかわり、環境がかわり、今なお不安の中にいる人も多いと思います。
余裕はないけど、少しでも良い方向へと願っているはず。

そこで、この本の出番なのですよ。

金運、恋愛運、結婚運、仕事運という誰もが一つは気になるであろう項目を網羅しているだけでなく最初に開運ポイントとして掃除をもってきて、掃除の仕方でとりいれられるものがたくさん書いてある。

掃除と言えば、いま売れている某サッカー選手の「心を整える」という本。
ここには、負けた次の日には掃除をして気持ちを切り替えるというようなことが書いてあるとか。
(すみません、未読)

自分が望まなくても環境を変えざるを得なかった人も多いと思います。

せっかくですから、気持ちを切り替えるだけでなく、運もあげちゃうと一石二鳥。

うすーく、かっるーく書いてある割に
全部実行したら、何が効いたんだかわからないというカオス状態になりそうですが
たぶんそのような人は少ないと思うので、いつもの何かにちょっとプラスして運気をあげる。

なんだかオトクではないですか?

占いやってるなら、何か専門的にココが凄いとか褒めないのか?と思われそうですが

すみません!わたしには風水のなんたるかを語る・・・ときは一生来ないと思います(開き直り)

方向音痴な上にめんどくさがり、掃除嫌い。

本に喧嘩うってんのか と師匠から殺気が飛んできそうですけど
そういうめんどくさがりのための「ちょい」。

そして、いろいろやりすぎて袋小路に入り込まないように気軽に出来る範囲で取り入れてみては?っていう提案のための「ちょい」。

というわけで、貧乏人な私はさっそくお金や通帳の保管場所を変えました!
どこにおくのがよいかは本をみてみましょう(笑)


が!がっ!
そのあとでこんなフレーズをみつけてしまいました。

財を貯めこむ究極の財布は外側が黒


がーん!

わたしの財布はキンピカです・・・。

さらにおいうちをかけるかのよーに

本当の金持ちは外見控えめ、内実豪華とあるではないですか。

成金財布を持つ私には入ってきたお金がとどまらずに出ていくという日常が道理なようで。


で・も!

まだしばらく変える気はありませんっ。

だってゴールドの財布が欲しかったんだものぉぉぉぉぉ。

とこういう輩のために金運をあげる風水だけでもいくつも載ってます。


素直に実行。たぶんこれがポイント(笑)

映画のレシピ本によわい。

料理本自体好きなのだが、そこへ映画。ダブルで好きなもの。
買わないわけがない。

しかし、映画や本絡みのレシピ本はなぜか実際に作らないことが多い。
写真が素敵で、その映画や本のことを思い出したりしてそれで満足しちゃったり
実際に食べたいというよりは、想像の五感で満腹になってしまうというか。

でもね、これは作っちゃうでしょう。
レシピとしてはオーソドックスなものが並ぶけど何しろそのオーソドックスさが日々の献立に役立つ感じでよい。
しかも、かもめ食堂や南極料理人で実際にフードコーディネーターを務めた飯島さんの本。
あの世界が現実にやってくるとなれば、想像で満腹になるわけはないのだ。


食欲の秋+芸術の秋が一度に楽しめちゃうお得な本じゃないか。
さて、早速作ってみようではないか〜。楽しみ。
でも失敗したらという一抹の不安もあるので星は4つにしてみました(笑)

評価:
水戸岡鋭冶,原武史,野田隆,矢野直美,渡邉裕之

探せば子供向けの乗り物絵本は山のようにあり、どれも好きな子供は食いつきまくりだと思うので、今回は大人も楽しめる本をご紹介。

九州新幹線のつばめ(ぼくは「つばめ」のデザイナー表紙参照)って、見た目にも覚えやすくて子供も好きじゃないですか?
東北新幹線系はフォルムの似たものが多くて、大人の私でも何度みても間違えたりするし、のぞみも500だ、700だN700だといろいろあって
これものぞみ、あれものぞみというと子供も混乱している(笑)

そこへ行くとつばめはこの縦目のお顔が特徴的で、親子して一発で覚えました。
形を覚えると名前もすんなり出てくる。

んで、九州の他の電車かもめなんかもつばめと同系統だよな〜と思ったら、なんとデザイナーが同じだった。
ぼくは「つばめ」のデザイナーの方では、内装のコダワリ所から、デザインの発想、デッサンから細部にわたるまでの写真、開発苦労話といった大人が普通に読んでほお〜と感心するマメ知識系のものから、子供向けっぽく塗り絵や列車のシール、工作できる紙模型までついている。
子供と言っても多分小学生位の子供じゃないと本当の意味でこの本を楽しめないだろうけど、2歳でも写真がふんだんに使われているので、何度もめくっては楽しんでいます。
その横で私も文章読んだり、このシート座ってみたいなーとか妄想したり親子で楽しめて◎


もう一冊は、同じデザイナーさん絡みで出ている写真集っぽい作りの本。
デザイナーさん自体がかなり有名な方で、駅舎とかほかの九州地方の列車を随分デザインしている。
このデザイナーが関わった九州地方の列車や駅などをひとつずつ丁寧に紹介しながら、走る地域の景色も一緒に紹介。
読んで、と言われるとねつ造した旅行絵本チックに勝手に読んであげてます。
内容はそのうち自分で読め、ということで。

列車は外見もクラシックな感じのものが多くて、内装自体も雰囲気があって素敵。こちらの方が写真の雰囲気が好きなのと、子供にも絵本っぽく読めるので評価あげましたが、どちらも面白い本です。

難点はどちらも、読むと九州へ列車旅行したくなっていてもたってもいられなくなること。

ああ、つばめに乗りたい。

子供は年齢とともに卒業するかもしれないけど、気づいたら私の方が鉄子になっている気もする。
元々がオタク気質だし、収集癖あるし、ヤヴァイなー。

タイムリーにこんな雑誌もでた。パラ読みしたら、九州の方の列車はページが大きく割かれてました。絵になるもんなー。
ねこ駅長なんかも特集されている。


最後におまけ。
やっぱり純粋な子供向け絵本についても。
いま、鈴太郎に最もウケる乗り物絵本は「でんしゃはうたう」
これは読むにも結構気合いがいる本です。

電車のあらゆる音を擬音語で表現した本なので、真面目に字面追って読もうとすると読めません(笑)
私はいつも適当にアレンジしながら、でも電車に乗っている感じを演出しようと思いながら読んでます。
カーブを曲がるシーンでは子供も自分も体を傾けたり
列車が停止した駅では最寄り駅のアナウンスや音楽を歌ったり、子供も一緒に音真似したり。

乳幼児って勢いあるけど意味がないような言葉が凄く好きですよね。
何が可笑しいんだろう?っていう位ゲラゲラ笑ってくれるので、こちらも毎回読み甲斐あります。
やりすぎてこの前は喉を痛めました(アホ)。

 気最も面白かったかな。次への期待と、疾走するような物語が交錯して登場人物達にも謎が多かったし、それが魅力的に描かれていたと思う。
新宿歌舞伎町はそれなりに土地勘のあるところなので、描写も映像的に迫ってきて迫力があった。

じゃあなんで読み始めより☆が一つ減ったかというと(最初は4つだったのです
主人公が好きになれないタイプだったのと、いかんせん暴力描写が痛くてねえ・・・。
微細に描かれた暴力描写にうへえとなっちゃったんですよね。
これくらいで?って人によっては思うのかもしれないけど、個人的にグロい描写が詳細なものはダメなんです。
暴力をふるう描写なら全然平気なんですけど、それを受けた側の痛みが描かれるのが・・・血を見るのも嫌いな乙女なんでね〜(オイ)
読みながら頭で映像として物語が動くタイプの本読みさんには向かないかな。
私は2,3度気持ち悪くなってしまいとばし読みしました。

もう一つは出てくる女性主人公が二人ともどうにも共感しにくい。

特に犯人説得の技術が高い美咲という女性の思考にまったく共感できなくて参りました。
上記に書いたように凄惨な描写が要所要所に出てくるような話なので、この美咲さんも結構恐ろしい目に遭うんです。
しかも警官なのに、なんかこの人の心理状態って危機感がない。
もう一人の女性主人公が危機感だらけでこれまた異常なんですけど、二人して極端。
美咲さんの何が問題って、緊迫した事件状況の中、同僚刑事に恋心を抱いてなんか終始お花畑な思考回路で考えなしなので、いつも危険に自ら飛び込みでも結局誰かが助けてくれるお姫様キャラなんだよな〜〜〜。
実際の女性警官がどんな人達なのかよく知りませんが、少なくとも仕事中で、しかも特殊班配属で人の命が係っている職務中に同僚が「素敵♪」はないだろう・・・って思ったんだけど。

私の同性目線が厳しいだけですかね?(笑)
登場人物が多い割にキャラクターのかき分けがはっきりしていて個性的な人も多くぐいぐい読ませるので、読んで損はないと思うんですけどね。
ミヤジやジウといったキャラクターの底知れない感じの描き方とか生い立ち話、雨宮という男のイイ男ぶりとか東刑事の苦みばしっぷりとか刑事達の足の引っ張り合い、せめぎ合い、協力の仕方など非常に面白く読んだので、なんでこんなに女性キャラに感情移入できないんだーという気持ちが前面にでてしまいました。

妄想をふくらませたらこんなんでましたーって感じです。
作者の想像力でとんでもない状況になるんですけど
冒頭いや気鯑匹鵑猫靴こうなるとはまったく予想がつきませんでした!ハイ!と元気よく?言いたくなる話ではあります。


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