算数が得意であるか苦手であるかは小学生の高学年あたりで顕在化し
数学と名前の変わる中学で一気に苦手派が増える科目ではないかと思います。

得意な人と苦手な人との間には何があるのか?

私は数学が苦手な人間です。
中学まではここまで覚えればなんとかなるみたいなラインがはっきりしていたのでどうにかなりましたが
高校は完全にお手上げでした。
どこがわからないのかもわからない、みたいな(笑)
が、ソフトウェア業界は得意な人のほうが多い。(そりゃそうか)
でも、そんな人たちの中でもおおまかにいって2種類存在することに気付きました。

 

公式などをきっちり覚えて解決する人々と
感覚的に「数字(すうじ)」を捉えイメージで解く人々。

 

公式きっちり派は論理的でわかりやすく解説してくれる人が多い。
ここは、こう覚えるべきですとかそういうポイントも教えてくれる。
本人自体も凄く努力家。
けれども、プログラミングセンスはある人とない人とはっきり分かれる。
で、このきっちり派はセンスない人の方が多い。

 

後者の方は発想力や閃きと言ったモノが非常に豊かですが、
その発想や閃きの源まできちんと説明できる人はかなり少ない。
思いつくまでの時間が圧倒的に短くコーディング(プログラムを書くこと)の綺麗な人が多い。

 

学校でいわゆる「勉強の出来る」=「点の取れる」タイプといわれると公式きっちり派だと思うのですが、仕事の面で面白いものを創り上げ、生涯一プログラマーとしてずっと開発していたいというのはこの感覚派の人々。


ちなみに、ここできっちり派の人々はだいたいシステムエンジニアとしてプログラマーを管理する方向へと出世していきます。

 

プログラミングについてはざっと習ってコード書かせてみればセンスが一目瞭然なので
数学が得意とかもあまり関係がないようだ。
数学は得意だけどプログラミングが苦手な人も結構居る。

 

思えば、私は数学が苦手なだけじゃなくプログラミングのセンスもない(笑)

 

高校進学前に出された数学の宿題もプログラミングと密接に繋がっているものが出されていました。
つーか、今でも一部を覚えているくらいわからなくて衝撃的だったんです。

なんの説明も前振りもなく、二進法の問題がいきなりドーンとでていました。
いや、多少の解説はあったのかもしれないが、そこの記憶はすっ飛んでいる。

 

じゃあなんで、プログラミング業界にいるのかと言われたら
興味持っちゃったから学んだりなんだりしていたら流れ着いたとしか言いようがない。

私の役目はプログラマーが言っていることの翻訳ですね。

プログラミングが得意な人たちの喋りって、得意じゃない人たちには理解できないんです。
簡潔すぎてw

 

一応七転八倒してプログラミングやったので
ある程度彼らの言語を解説できる力が備わったんですね。

というわけで、好きで興味があれば何らかの形で自身の能力を発揮できる場はあるわけです。

 

で、学校という集団は
自分は何がラクにこなせて
何が不得意でっていうのを知るのに最適な場です。

今は学校という集団そのものがダメっていう人が一定数いるのもわかってきている世の中ですよね。
それも、自身の将来の取捨選択がしやすいので重要なポイントだと個人的には思います。

 

余談ですが、小中学校の同級生男子で、気づいたら大学に8年いて中退。
その後、ニートを5年くらいやって30超えてからプログラマーになった人がいる。
この人は小学校の時から強烈で、ピアノ習っていないのにピアノ好きすぎて
小学校は教室のオルガンでずーっと同じ曲を弾き続け、中学では音楽の先生にその曲だけ聴いたら
10年ピアノ習っている子だと思われるくらいには弾けていた。
そこから作曲にはまり、大学そっちのけで作曲しまくり
坂本龍一氏の番組で投稿曲をオンエアされるくらいにはたまーに良いことがあったので
ニートで作曲家を目指していたんだそうな。
が、30超えても目が出ない。
作曲のためにプログラミングにも手を伸ばしており
親にもいい加減自分の食い扶持は自分で稼ぐようにと言われてフリープログラマーとして仕事を開始。
なんと、30半ばを過ぎたころには年収1千万円超えるようになったそうな。

 

とまあ、どこで何が繋がってくるかはわからないわけで。


自分が好きなことは何か。
時間を忘れるほど夢中になれることは何か。

まあ、好きなことだから人より秀でているとは限らない。

そんな時は、
そんなに好きではないけど人より早くこなせることは何か。
さして苦労せずに出来てしまうことは何か。

 

誰もが自身が上手く「はまる場所」がある。

そして、その場所は日本ではないかも知れない。
今はまだ誕生していない職業かも知れない。
自分の能力を上手く活かしていくために、色々なことにチャレンジするのも一つの方法だし
逆に、必要ないと思うことを切り捨てていくことも一つの方法だと思う。

ただ、なんらかのことで努力ができることは大前提。


凡人は、だからまんべんなく学んで比較的得意なことと苦手なことを自ら学生時代で仕分けしていくことが大事。

世の中98%くらいは凡人の範疇なので、ボケっとしていると得意も不得手も好き嫌いも曖昧だったりします。
親がその好きと嫌いをみつける手助けをしてあげるのが小中学校くらいの時の親の役目かなーと最近思ってます。

と同時に、色々とチャレンジできる時代だからこそ
自分は「これがやりたい」「これなら苦もなくできる」ということをいち早く見つけた人が強い世の中なんだよなあ。


 

すっかり忘れていましたが、管理画面観て気づきました。

 

このブログ、なんだかんだもう12年経ったということに。

 

そして、サイトのほうはもう8年くらい更新していないということに・・・。

 

我ながらアホです。

このブログは無料なのに、サイトのほうはサーバーの管理料を払い続けているっていうね。

 

いい加減、サーバ借りるのやめればいいのに、やめられない。

ちまちま改造しているうちに年月が3年とか経つ。ありえない。

 

今年こそ、サイトリニューアルを。あすなろになりませんように。

 

ブロガーも一時激減して、いままたそれなりにいるけど

勢力が強いのはアメブロですよねー。

SEO対策がっつりなのはわかるんですけど

あの読みにくさ、イイネやらおしたりするのにわざわざ読者登録をしなければならないとか

めんどくさすぎて全くやる気にならない。

みるのも面倒でアメブロとわかると引き返しちゃうほどなのに。

なので、ブログの移行も考えていない。

 

飽きるまで脳内の一部を垂れ流し続けるって感じでしょうかw

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

 

仕事のないアイルランドでくすぶっている主人公を姉が案じて、懇意にする神父に妹のニューヨークでの家と仕事の斡旋を依頼した。

主人公は姉、母と別れ船に乗り込み、1人ニューヨークへ。

ブルックリンの下宿とデパートでの接客の仕事を得てホームシックになりながらも必死に環境に順応しようと頑張る。

親しい友人ができて、ボーイフレンドもでき、仕事にも慣れ、並行して大学へも通い自信がでてきた矢先に実家である不幸が起こり、一次帰京することとなる。

 

帰ってみると、実家も周囲も慣れ親しんだもので居心地がいい。なにより老いてきた親が心配。

地元の男性と親しくなり、こっちの生活も捨てがたい。

ニューヨーク・ブルックリンでようやく軌道に乗った生活と恋人はどうするのかー?

 

故郷と移住先の生活、人間関係、それぞれの利点と不便な点を主人公の目線で見せるのだがこれが普遍的。

親元や故郷を離れて暮らしたことがある人なら、思い当たることがあるようなエピソードや感情が描かれ

主人公ガンバレ!と思うと同時に、自身の今までのがんばりや郷愁が呼び起こされる良作。

 

それぞれの人が賢明に生き、手探りしながら前進している姿は清々しくもありいじらしくもあり。

 

主人公を演じたシアーシャローナンの哀しげなのに意志の強そうな表情にぐっときます。

彼女は日本の女優さんでいうと大竹しのぶさんみたい。

なんというか、演じる役柄によって顔つきまで大きく変わってみえる憑依系っていうんでしょうか。

 

主人公のブルックリンとアイルランドでのそれぞれの相手役の男性も各々の魅力があって主人公じゃないけど迷いますw

 

関係ないけど、その魅力的な相手役さんたちなんですが

映画観た後に次回作とか気になって検索したら俳優さんは2人とも劇中とえらくビジュアルが違う姿が出てきて驚愕。

>ドーナル・グリーソン、エモリー・コーエン

 

ハリウッドってなんであんなにサイボークかアンドロイドかみたいな美男美女いっぱいいるのに、オフショットの俳優は誰だこれみたいなわけわからん気の抜けたビジュアルとかボサボサ頭のザンネンな人とかになっているのかわけわからん。

役作りも相まって(先日驚愕したオスカーアイザックとか作品毎にだれかわからなくなっていくという)、多分道ですれ違ってもわからないみたいな人だらけです。フシギだ。

今回でいうとドーナル・グリーソンさんなんて凄すぎ。

この人が

 

最近はこんなビジュアルで。

 

 

ちょっと前はハリポタでロンのお兄さんだったり

 

こんな感じになっていて、わからん。

 

ちなみに、私が驚愕しまくっているオスカーアイザックとともに、スターウォーズフォースの覚醒にもでていた。

いわれてみれば、あの!っていう。

レヴィナントにもでているらしい。

というわけで、現在かなりイケイケの売れっ子アイルランド俳優さんでした。

 

オフの姿がヨレヨレ過ぎて浮浪者と揶揄されたキアヌ・リーブスなんて序の口だ!

 

 

というわけで、ブルックリン。

1950年代のアメリカの希望と1人の女性の自立を観ながら

スクリーンに自らの自立とがんばりを投影させられ、自分で自分を褒めたい状態にしてくれる作品。

元気がでます。

だったのですが、鈴太郎の学校では読書感想文がない。

 

私自身が夏休みの宿題で最も好きでかつ得意だったのが読書感想文で

最も苦手だったのが自由研究でした。

 

読書感想文はほぼ小学生からどんな本の感想を書いてきたのか覚えています。

さっき検索してみたら絶版の本が多いんですが。

 

1年・きりかぶのあかちゃん

2年・先生しごいたる

3年・松葉杖をつく少女

4年・題名を失念。学童クラブに行く子どもたちの話

5年・ガラスのうさぎ

6年・うしろの正面だあれ

 

基本的には、小学生の読書感想文向きの本となると何かの教訓を得るっていう展開や感想のもの。

ラインナップ的にすごく作為的なものを感じますね(笑)

 

小学校高学年で好んで読んでいたのは、図書館にあったと怪人二十面相シリーズから江戸川乱歩

漫画経由で赤川次郎、友達の影響だったか、先生の影響だったかで芥川龍之介にハマってましたが

なぜかその辺では書かなかったなあ。

夏目漱石ー芥川龍之介系譜の作家は未だにずっと好き。文体が好みの人が多い。

内田百里箸今も激ラブでございます。

 

 

自由研究は、とにかく何をやるものなのかよくわかっていなかった。

私の時代にもこういう本はあったのかもしれないが、当時私が読みたかった!

というわけで自由研究図鑑は美術館の物販で見つけたときに買ったもの。

これ、大人が読んでも面白いです。おすすめ。

 

読書感想文としては昔も現在もコンクール用の課題図書が書店に大きく出ています。

 

今の学校が全般的になのかわかりませんが、ちょっと前の甥っ子姪っ子の時も思ったんですが

夏休みの宿題少ないなーと。

でも、学校の個人面談に行ったとき、今年は他校からきたばかりの

ベテラン教師なんですが

「夏休みの宿題はこれだけあるんですよ、お母さん!」

と、多いけど親御さんのサポートよろしく的な話をされたので自分たちの時代が多かっただけなのか?

 

感想文や作文、絵やポスターみたいなのが必須じゃないから少なく感じるだけ?

でもドリルも数日で終わるレベルで自分がやったものよりも分量が少ないような??

 

まあでも、私なんぞは最後にやっつけでやっていたタイプだから意味がなかった気もするけど(笑)

 

課題図書に話を戻して、その中から気になっている二冊。

二日月は中学年用課題図書。

ワンダーは高学年用の課題図書です。

 

ワンダーは出版されてから随分話題になっており

ずーっと、大人の私が読もうかなどうしようかなと逡巡している作品。

 

せっかくだから購入して親子で読んでみようかなと思っているところ。

 

二日月は課題図書をざーっと冒頭ナナメ読みで一番子どもが読みやすそうかなと思ったから。

 

本人のヒットは、世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ

 

ネットニュースにもなりましたが、それの絵本版です。

まだ鈴太郎に選ばせると、絵本っぽいものが多いなー。

読むだけマシかと黙っているけど。

 

私が読書してると、何読んでいるのか気になって後でパラパラめくってますが

「漢字が多すぎてわからないから音読してくれ」

っていうから(笑)

本読むタイプはとりあえず読めない漢字は文脈から類推して読むのだよ。

といったら、スネましたw

 

JUGEMテーマ:読書

柚木麻子さんは、アッコちゃんシリーズから。
ランチのアッコちゃんがなかなかの面白さでこの本屋さんのダイアナも直木賞候補や本屋大賞の候補になっていて
読みたい読みたいと思っていたところ、ちょうど文庫になったため購入。

 

いい話でした。


読書好きでも対照的な家庭に育つ2人の少女をヒロインにした成長物語。
女の子同士の友情の築き方と、お互いへの憧れや嫉妬を児童文学や現代文学の傑作、名作がちょいちょい顔をのぞかせて絡めながら書いている。

2人が自分自身の足で立つ、自立の瞬間までを描いている。

 

親戚のおばちゃんみたいな気持ちで2人の少女の成長を見守りました。
2人の女の子を強く結びつけるのが一冊の本であるっていう設定がいい。

 

そうそう、女子はですね、ありあまるほど喋りますが
自分の身の回り(学校、家族)のことだけを話す間柄だと仲は長続きしないんです。

なぜなら、環境が変わりやすいから。

就職した、結婚した、子どもが産まれた、夫の勤め先がどうした、親がどうした、子どもが進学した、自分の仕事はこうだ、介護がどーの・・・自分の家族や身の回りの話ばかりしていると、お互いの感覚がズレていくのをひしひしと感じるでしょう。


当たり前です。


前提が違うのだから。
じゃあ、似た境遇ならいいのかというとそれも微妙。
例えば、同い年の子どもがいたとして一方は子育てにもの凄く悩んでいたら?
同じ既婚者といえど、自身の仕事の有無、夫の職業や収入も違えば、経済状況も違うわけで。

男性もそうだと思うんですが
自分の身の回りの環境のことばかり話していると、その環境が変わったときに話題がなくなるわけです。


だから、変わらないことを話題にする方が友達は増えるし、長く仲良くできるわけ。

 

この本の主人公であるダイアナと彩子、2人の話題の中心は本。
成長期にはそれぞれの成長のスピードもあって一方が面白いといっているものが他方にはまったくわからないなんていうエピソードもあって
そうそう!そうなんだよね!
っていうあるあるが。

 

本や映画の趣味や好みって成長期に作られていくので、その時にその子が何に出会って何に影響されたかによって変わってくる。
お互いに仲良しでずっと同じものを薦め合うのもアリだけど、多分そういうのは高校生くらいにならないとわからない。
小学生だと成長の個人差が大きすぎて、将来にわたって同じものを同じように楽しめる人なのかはまだわからないのだ。

知ったようにいうのは、私自身が小学校から知っているけど今も本や映画といった話をする子といつ頃よく話すようになったかを振り返ると小学校よりは中学以降だからです。
小学校からの友達何人かと今も交流がありますが、その中で小学生の時に放課後頻繁に遊んだりしていたのは1,2人です。
あとは、中学、高校、大学のどこかでじっくり話したり遊んだりする機会があったから今も交流がある。


その話題の中心は常に恋愛や結婚や子どもの話ではない。
(そりゃ話題にでるにはでるけど、あくまで近況を話すレベル)

 

今読んでいる面白い本や映画の話だったり、興味を持っていることだったり好きな物だったり
手がけている仕事の苦労やら、美味しかった食べ物、行って良かった旅先の話だったりする。

その友達が好きなのであって、旦那さんやお子さんは彼女を知っているからこそ
話を聞いて親しみもわくし、お子さんをみて「わあ、彼女にそっくりな仕草だ、可愛いなあ。」って思うのです。

 

私は死ぬまで、友達と
これ、面白かったよ
それ、面白そうだね
っていって笑いあいたい。

 

だから、ダイアナと彩子にエールを送りたい。

よく、小説で読む女の友情というと、この環境の変化による本人の変化とともに友情も薄れていくとか
お互いの環境への嫉妬に重点をおいた作品を読んだ記憶の方が強いのだけど
児童文学の延長にある大人になった彼女たちの友情というのも確かにあるんだよと声を大にして言いたい。

 

そして、「自分のことは自分でしか救えない」これをちゃんとそれぞれ実行して
現実を乗り越えて精神的に自立を果たした2人に心からの拍手を。

久々にリアルタイム日記。
というのもサーバー更新忘れてて、ホームページやら他の機能が使えなくなってるのでここもいつ止まるかわからないから(笑)



夏の沖縄に初めてきました。
ええ、私、プライベートでも仕事でも冬の沖縄しかきたことがないという奇特な経験しかなく。
どんより曇ってる沖縄しか知らなかったので戸惑ってます(笑)



移動中雨に降られたりしてましたが(笑)


なんとか予報通りの天気になり夕陽を見ながらバーベキューとかできましたよ。


明日はあちこち動く予定。
うーん。やはり1週間は休みが欲しいところ…。

読書の楽しさをとうに知っている子は、どんどん何でも読んでいきますが
そうじゃない子はどうするのか?

年代に合った本が色々ある。
でも、買っておくだけだとページを開きもしなかったりします。

では、どうするか?
鈴太郎の場合、私がこれはそろそろ読ませたいなと思った本は
冒頭の第一章に当たる部分だけでもまだ読み聞かせしてます。


このあとどうなるの?というヒキがきたところで読み聞かせを終える。


そして、毎日寝る前の30分間はTVもゲームもなしで本を読む時間にしてみる。
勿論、親もその時は読書タイム。
すると、続きが気になった本を手にとったりします。

 

ただし、全部読み聞かせてはダメ。

全部親が読むことをずっと続けると、読書好きではない子どもは面倒がって自分では読みません。

また、親がもの凄く読み聞かせが上手いというのも、同じ危険があるので

読むのにそんなに工夫をしなくてもよいと思います。

 

興味をもったら、自分で読ませる。

何十頁か活字を追うことが苦でなくなれば本を読むのが好きになる。

一部の人をはぶき「読む」にも訓練がいるのですが、読書しない人はこの何十頁かをじっと読むという訓練が根付いてない。

 

小学校に保護者が読み聞かせにいくというイベントがあり、低学年や中学年だと

だいたいもの凄く食い付きがいいし、古代から人は口承文学などで物語ってきたわけで。

物語が嫌いって子どもは少ないと思うのです。

その好きをちょっと手伝ってあげると、もっと読書好きは増えるのではないかと思っている。

もう一つちょっとイレギュラーですが、
映像が好き、抵抗が無い子の場合は映画。
先に映像をみてから活字の世界へと誘導してみる。
私も読書ができて映画やドラマも観られて一石三鳥。

(ただ、映像を見過ぎるとあとから活字を追う訓練をしても難しかったりするので加減が重要かも)

 

もう少し横道だと漫画でも良いんですけどね。漫画から本にいくっていうルートもある。

というわけで小学4年生くらいからのオススメ本。

2分間の冒険
霧の向こうのふしぎな町
守人シリーズ(精霊の守人)


2分間〜は有名ですが私も読んだことがなかったので
かなりの部分を読み聞かせで一緒に読みつつ後半はそれぞれで読書。

霧の向こうの〜は、私自身が小四、小五くらいの時に読んで面白く繰り返し読んだものです。
なぜか、実家からずっと持ち歩いていて今の家にも持ってきているのでそれを鈴太郎にあげました。

精霊の守人はNHKのドラマを観終わった段階で、図書館で借りてきました。
これと同じ方法は最近ではパディントンでも使ったかな。


どれも、大人が読んでも面白く、読んで損はありません。
既に長く語り継がれる名作です。

絵本から、小説への橋渡しとしての児童文学ってすっ飛ばしてしまう人が読書家さんにも多いんですよね。
読書家の方は児童文学を飛び越えてフツーに大人と同じ小説読み始めますしねぇ。

物語へのくいつきがイマイチというお子さんの場合は図鑑→評論系かなあ。
偉人の小学生向け伝記物とか、シートン動物記とか。

とここまで書きましたが、実は読み聞かせをしてもらって育ったハズの我が弟は殆ど本を読みません(笑)

ちなみに、母自身今でも読書すると眠くなるらしく、やはり本を読んでいるのを見たことが殆どない。

なので、勿論持って生まれたものもあるんでしょう。

 

でも、弟は割と繊細で神経質なタイプで、親は育てるのに苦労したようですが

親子の絆を育てるのに役立ったのではないかなあと。
 

というわけで、読書の楽しさを伝えるのに冒頭を読み聞かせるのはオススメ。

子どもの頃、おやつといえば御煎餅かおにぎりでした。
甘い物となると、かりんとうやまんじゅうでしたが
私はこれらは子どもの頃は苦手で食べられなかった。

そんな状態で例外的に食べていた甘い物。
純露(じゅんつゆ)という飴とルマンドです。
ルマンドは上手く食べられなくて袋の中でバリバリぐちゃぐちゃになったのを食べていた記憶があるw

純露は「じゅんつゆ」と読むこと最近知りました。
しかも、2種類の紅茶の飴だと思っていたんだけど
久々に購入して食べてみたら、べっこう飴と紅茶飴の2種類だと気付いた。
そして、元々は関西の「黄金糖」の方が最初で、こちらはべっこう飴のみの構成だというのもwikiで知りました。
紅茶飴がないなんてー。
私はこの紅茶の味の飴が好物で、大人の今も紅茶が好きなのはきっとこの飴の影響だと思う。

ネット通販がある現在、まとめ買いしそうな自分を必死に押しとどめていますw

 

7/1は映画の日なのでもう一本。

 

西島秀俊×香川照之っていう組み合わせは何作目でしたっけ?
そのリスクをおかしてもこの組み合わせで勝負してくるだけの力がありましたね〜。
私が一番好きなこの2人の組み合わせ作品は、アンフェア(最初のTV版)なんですが
その時とは今回役割的には逆になった感じです。
(私はアンフェアでの編集者役の西島さん推し。平坦なしゃべりと理知的な顔があの役柄にめちゃくちゃ似合ってた。)

 

そっち行ったら崖だからー!落ちちゃうからー!っていう観客の心の叫びを無視して
ずんずんとヤバイ方へ突き進む登場人物達にハラハラドキドキしながら
ああああー!やっぱりやばかったじゃない!
みたいなスリルとサスペンスを存分に味わえるサイコスリラー。

 

元刑事の犯罪心理学者・高倉(西島秀俊)とその妻(竹内結子)。
初対面からそこはかとなく変な空気満載の隣人・西野(香川照之)。
最初から西野が奇妙なので、「私が隣人だったら絶対に近づかない!」と観客も思うのではないか?
が、高倉の妻は、なんかチガウ。
失礼しちゃうとプリプリしながらも、お裾分けを持っていったりする。
で、西野家の家族が高倉家でご飯食べちゃったりするわけです。

高倉が帰ってきたときに変な顔するんですが、観ている観客はそれ以上に
「えー?!」
っていう状態。

 

そう。いろいろとズレて奇妙な登場人物の中でもわたしゃ
この竹内結子さん演じる妻の行動にはかなり「?」マークいっぱいでした。
いや、西野との接点やその後の展開、ラストの彼女なんてもう色々と手に汗握るし、胸を打たれるんです。
サスペンス好きなら是非観て欲しい。

が、どうしても突っ込まずにはいられない!

 

その1 引っ越し挨拶に手作りのチョコレート
引っ越して隣の人によろしくお願いしますって挨拶に行くのに手作りのお菓子?
市販品ではないというのが話の中でわかってビックリした。
料理好きの料理上手っていう設定だったんだろうけど、映画の中でそう思わせるような描写が微妙だった。
確かに夫婦2人暮らしで凝った料理を出している風だったんだけど、あんまり映像から伝わらず。
夫婦2人だからと言われればそれまでですが
西野家を招待した夕食も品数が少なかった。
料理好きの人の家に行くと机に並びきらない位料理が並べられるっていう印象ないですか?
ブログとかにホームパーティーでした!って載せる料理とかスゴイじゃないですか。
うわー、美味しそう!みたいなシーンが絵的にもあんまりない。
西野家の人間や高倉が美味しいというシーンはあるんだけど
西野家は観客にすでに明らかにヘンだと思われているから、そのままに取れないし
高倉は夫だからなあ。

 

その2 ビーフシチューのお裾分け
その1にも関連するんですが、作り過ぎちゃったのでと西野家にわざわざボウルに入れたビーフシチューを持っていくんです。
え?変な人!って警戒してたんじゃないのか?
でも、料理好きなら、こういうことで燐家との関係の改善を図るのかしら???
一応主婦の居る家に、いきなりお裾分けでシチューっていうのも首を捻る。

 

その3 竹内結子さん自身が空虚な思いを抱えている主婦にみえない
ちょっと世話好きで好奇心旺盛な明るくて可愛い奥さんという感じで
なんていうか、裏表がなさそうな天真爛漫な感じなのです。

他人に付け入れられるような隙のある人物にみえない。


うーん。この印象実は西野と連動してます。
西野は最初全く怪しくない爽やかな人物として描いた方が良かった気もする。
明らかに怪しいのに、近寄っていくちょっと他人の家に首を突っ込みたがる妻みたいな図になってしまっていて
無神経な印象を与えていたというか。なんか巻き込まれるのもさもありなんみたいな。

 

これは監督の意図だったのかしら?

 

観ながら、ずーっと頭の中にこびり付いていたのは
北九州監禁殺人事件
尼崎事件
この二つ。
特に前者を強く連想させる設定で、この現実の事件も経緯をきくと「なぜ?」「どうして?」という不可解さでいっぱいになる。
(何その事件と思う方はぜひwikiか何かで一読してみて下さい。ゾッとします。)

 

わからないものは怖い。

 

クリーピーも、まさか、そんな、ばかな!と観客に思わせながらも
その不条理さにいつの間にか深みにはまってしまうものの怖さをより映画的にリアルに体感させるためのズレであり理不尽さを
登場人物達の不可解な行動に込めた
のかなあと思った。

 

 

よく自分の行動や考えでも上手く整合性を取って説明が出来ない事ってありませんか?
人間全ての人が合理的に考えて行動しているわけではない。

ふとしたときに、いつもなら取らない行動や発言をしたり
どう考えてもそれはやらないだろうということをやってしまったりするのではないか。

 

人という物の不可解さと恐ろしさ、底の知れない感じを存分に映像的に体感しつつ
娯楽として楽しめる極上の映画。

 

映画館でやばいよやばいよーって思いながら観てみてください。

アホみたいに大ヒットしているズートピア。

7月15日で上映終了で早くもDVDがでるというので、下書きのまま放置していたこちらをアップ。

 

 

我が家では、いつも
「ズーラシア・・・じゃなくてズートピア」
と一度言い直すくらい、間違えまくったズートピア。
きっと他のご家庭でも同じようなボケが繰り返されていた事と思います。(え?そんなことはない?)

ベイマックスやアナと雪の女王を観たときにも思いましたが
ディズニーはその時々の世相に敏感で


大人が観てもちゃんと鑑賞に堪えうる

かつ子どもに見せたいと思わせる教訓や主張を織り込んでみせるのが上手い。

今回は人種間やジェンダー差別といったものを動物たちの種類で暗示させている。
見た目も、能力も大きく違うことで起こる摩擦や誤解を、どう解決していくのか、乗り越えていくのかを軽快なテンポでみせる。
それも、安易に乗り越えてOKとしない。
ダメな部分も、誤解してお互いが傷つく場面もじっくり描く。

誰にでも間違いはある、それを認めてまた信頼し合っていこうと踏ん張れるのか?
能力に限界はある、それを乗り越えるもしくは折り合いをつける覚悟はあるのか?


互いの特性を尊重し合い、認め合った「ユートピア」は各々の努力と相手への敬意、公正な目があってこそ成り立つという
主にこれから大人になっていく世界中の子どもたちに向けたメッセージ映画。

なかなかに現実的で、リアルなことを描いている。
アメリカを指しているんだろうけど、世界中アメリカみたいになれと言われているようで
個人的にはちょっと微妙。(アメリカってそんなのユートピアか?って意味で。)

これが日本でも大ヒットしているってことは、やはり日本はアメリカを追う国なんだなぁというなんともいえない気持ちが更に重なる。

いや、良い作品なんだけどね。
鑑賞してからちょっと経って気付いたんだけど、「ラマになった王様」(←鈴太郎お気に入り作品)あたりの方が観た後心に色々引っかかる。

そうはいっても、やっぱり未だにヘイトデモやらで騒ぎになる国は全員この作品を観た方がいいのかもしれない。

キツネはズルイヤツが多いからと、キツネには物を売らない

これをなんて馬鹿馬鹿しい行為だと思わない大人が一定数いるっていう事実が凄くホラーなんだけど、そっちの方が現実なのよね。
(アメリカも最近の大統領選の動きを見るにそっちへと傾いていっているし)


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