JUGEMテーマ:エンターテイメント

 

 

高校時代からゆるくファンをやっているスピッツ。

1991年リリースの「魔女旅に出る」を友人に薦められて以来、気付くといつも彼らの音楽が日常にあった。


彼らのライブに17年ぶりにいったのが
2009年1月のさざなみOPカスタムツアー

そのことはここにも書きました。

 

鈴太郎の単独ライブデビューはスピッツです。
2007年にさざなみCDがリリースされ、これは私の育休も相まって本当に良く聴いた。
今でも鈴太郎はさざなみCDの中の曲はなんとなく覚えている。
「砂漠の花」は彼が自立していくときに私から贈りたい歌詞です。

 

ずっと遠くまで道が続いている
終わりと思っていた壁も新しい扉だった
砂漠の花の思い出を抱いて
1人歩いていけるまためぐりあう時まで

 

そこからまた10年近く経って家族で30周年記念ライブに行くことができそうです。


嬉しいよ〜♪


鈴太郎にはライブで遠出と聞いて「え、めんどくさい」と言われたけど家人とともに強制的に参加させます。ははは。

今回今までで一番好きな曲を考えてみた。

 

う〜ん。

 

愛のことばかサンシャイン。

 

今の気分は「サンシャイン」
(池崎でも斎藤でもないですw)

 

すりガラスの窓をあけた時に
よみがえる埃の粒たちを動かずに見ていたい
サンシャイン白い道は続くよ
サンシャイン寒い都会に降りても
変わらず夏の花のままでいて

 

室内で光の中に埃の粒子が浮かぶ様子をじっとみつめ、外に出て吐く息の白さを見つめながら夏の花の鮮やかさを思い描く青年の姿が浮かぶ。
寂寥感に包まれていて、なんだか切ないところがよい。

ブルーハーツの楽曲にインスパイアされた6つの短編を一挙に観られる「ブルーハーツが聴こえる」
舞台挨拶付きを観てきた。

 

6作品の監督や主な出演者。
『ハンマー(48億のブルース)』監督:飯塚健、出演:尾野真千子、角田晃広、荻原みのり、伊藤沙莉、吉沢悠
『人にやさしく』監督:下山天、出演:市原隼人、高橋メアリージュン、浅利陽介、加藤雅也、西村雅彦、瀧内公美
『ラブレター』監督:井口昇、出演:斎藤工、要潤、山本舞香
『少年の詩』監督:清水崇、出演:優香、内川蓬生、新井浩文
『ジョウネツノバラ』監督:工藤伸一、出演:永瀬正敏、水原希子
『1001のバイオリン』監督:李相日、出演:豊川悦司、三浦貴大、小池栄子、石橋杏奈、荒木飛翔


ブルーハーツの楽曲という面からはどれも結構な変化球作品。
曲から連想されたものを作品にしたというよりは、それぞれの監督が撮りたいものに対してブルーハーツの楽曲へ寄せていった感じです。
なので、ジョウネツノバラなんて、変化球過ぎてビックリする。

楽曲「情熱の薔薇」自体が、TBSで昔やったドラマ「はいすくーる落書」で主題歌だったので私にはこのイメージがでかい。これとTRAIN-TRAINはこのドラマのパート1、2それぞれの主題歌で大ヒットしたので、ブルーハーツといえば学園モノでの威勢の良い不良たちの不器用な生き様みたいなイメージ。

今回、ラブレターはその当時くらいの学園モノ、少年の詩も世相は1980年代が舞台だけど、当たり前だが全く受ける印象も内容も違う話が展開される。

 

6つの中で心に残った作品といわれると、それぞれ小学生男子が登場した少年の詩と1001のバイオリン。
少年の詩はズバリ少年が主人公でその描き方にぐっときたし
1001のバイオリンは、ラストの描き方と曲との重なりが凄く良かった。

 

それぞれ2,30分の短編でしたが、独立した個性を放っていたので個々の作品についての感想を。

 

ハンマー(48億のブルース)
舞台劇のような作品だった。
主人公の行動や言動が煮え切らない代わりに会話のテンポはとにかく歯切れよかった。
ただ、ちょっと私には聞き取りにくいテンションの会話でよくわからないやりとりがあったのが個人的には残念。
後半の破壊力は勢いと疾走感あり。

 

人にやさしく
意表をつく導入。なんと、ばりばりのSF。
監督がスターウォーズに憧れ、ブレードランナーに夢中になったと聞き、短編だったら
撮りたかったSFが撮れるかもと思ったのも納得。
市原隼人の肉体を含む美しさが良かった。
もっとアクション映画にでて欲しい。
役柄設定の意味合いが中盤でわかっちゃうんだけど、そこで「人にやさしく」って皮肉にもきこえるし
ユーモアが漂ってて私は好きだった。

 

ラブレター
学園モノ+SFという合わせ技を駆使しながらも、ノスタルジックに初恋を描く本作。
ノスタルジーに楽曲ラブレターも貢献している。
フィルムでの撮影シーンが効果的に使われていて、山本舞香演じる女子高生の可愛さに同性でもきゅんとなってしまうんですねぇ。

(マジかわええ。舞香ちゃん。舞台挨拶での現代っ子ぷりが見たくなかったような、でもかわいいからいい、みたいなw)
馬鹿馬鹿しいと笑っているとふっと顔を出すピュアな表情や場面にぐっと来る。

井口監督の「純情」がみえる作品。


少年の詩
団地に鉄塔がみえてタイトルバックに少年の詩ってでてくるところから好きでした。
少年がかなりの美少年なのもあって、健気な姿に心を掴まれちゃいますね。

そりゃあね、優香さんがお母さんなら再婚なんてイヤですよ!私でもいやですからw
シングルマザーである母親に言い寄る男性のやり方に言いようのない嫌悪感を主人公だけでなく観客にも抱かせる展開がいい。いましたよねーこういう無神経な大人!平成の世にもいるかしら?

今ならセクハラ&パワハラで訴えられてるレベルだけど、1980年代のシングルマザーは明るく

次の仕事探さなくっちゃねで終わらせちゃうのがなんか切ない。

いや、でもああいう時代だったという感覚が当時はその少年に年が近かった私の中にも残ってる。


ジョウネツノバラ
全編台詞無し。
永瀬正敏の存在感と水原希子の美しさがほぼ全てといった潔い作品。
グレーがかった画面が殺伐とした主人公の心情とリンク。
90年代にあったUndoみたい。(そういえばそれはトヨエツさんと山口智子がでてましたね)

 

1001のバイオリン
原発事故から一家で避難した家と作業員として留まる男性というモチーフに、最初はウーンと思いながら観た。
だけど、今の現状を受け入れられない、受け入れたくない想いと、受け入れないと進めないという想いと、清濁併せのんでそれでも生きて行かなきゃいけないんだという人の色々な形での気持ち、鬱屈した感情と前向きな想いと生きていくための希望の欠片みたいなものが複雑に絡み合い魅せる。絶望と希望が絶妙にかいま見えるラストがとても心に残って、見終わった時に心の中に炎のようなものが灯る。
飼い犬は死んでしまったかも知れないけれど、生き残った犬たちがいる。

生命の逞しさに希望をみたような男達の叫びと表情。

とても心に残った。

余韻って大事だな。

この6作品の最後っていうのが非常に効いている作品だと思う。

私は雨女である。
そして、私の父も雨男である。

この日は降って欲しくないという日に限って悪天候というのがよくある。
なので、受験の時は、泊まるような距離ではないけど
雪で電車が止まるかもしれないからっていう理由でわざわざ都内に宿泊したりした。
子どもの受験やらなにやらには殆ど興味の無かった両親も、試験日の天候だけは絶対にどこかで悪天候になるだろうからと
受験する学校が決まるやいなや、東京のホテル予約してこい、そこは金をだしてやると言われました。
そして、本当に受験日に雪が降ったりしたもんですw

家人には、「あんたはもってるね。」と言われます。


・ディズニーランド行った日に氷雨になり、凍えるような寒さ+パレード中止
・それならばと夏花火大会に行こうと計画したら当日は台風で花火大会が開始5分で中止
・やっぱりディズニーリベンジでしょ!と結婚式の二次会で当たってタダで行ったディズニーは雪になり、やはりパレードが中止に。

 

この辺が付き合い始めのほうにあったので、何かのイベントで雨風吹き荒れると、ニヤニヤするように。

 

祖母は足が悪くみんなで家族旅行というのを億劫がったので
あまり家族で旅行をしたことがなかったのだが、一度だけ車で一泊旅行へということがあった。
この時などは、台風がやってきまして、台風とともに北上。
帰るときは強風吹き荒れ、道路の一部が冠水しており
タイヤが半分くらい埋まる中、父が鬼の形相で車を運転していたのを記憶している。

そうそう、夏のヨーロッパに行ったときも記録的な寒さだとかで、向こうの友人に揶揄されました・・・

とまあ、こんなエピソードばかりなんですが
その原因が血筋にあることが判明しました。

祖母の葬式前日、明日は雪になるか?という微妙な天気で通夜の時は一日雨でした。
伯母たちが
「やっぱりねえ、母さんは嵐を呼ぶ女っていう異名をとったのよ〜」
「明日もきっと雪が降る。でも納骨が中止になるような事にはならないと思うわー」
というではありませんか。

すると、従兄弟たちが
「おれも大事な日にはだいたい悪天候だ」
「おれもだ」
と言い出すではないか。
これだけそろえばピーカンになるわけがない(笑)

かくして、葬式当日はぎりぎり雪が積もるのを免れたどんよりとした降ったりやんだりの天気に。
絶妙な天候で納骨は無事終わりました。

49日もどんよりした天候でしたが、なんとか雨は降らず。
みんなで、血は争えないといいあった。

ちなみに、おばあちゃんは、豪雪地帯で有名な新潟県津南町の山の方に住んでいたので
ちょっと近所までと歩いていって、帰りに家の前で遭難しかけたこともあると言っていた。
そんなバカなと関東平野で育った私は思いましたが
この話は本当だとこの葬式の場でおばあちゃんの甥にあたるという80近い方に言われました。

高校時代に仲の良い友達が山岳部にいっぱいいたので誘われたことがあるのですが
当時から遠出したりすると悪天候になっており
山の天気なんて恐ろしくてと思い尻込みして入部しませんでしたが、その判断は正しかったと今でも思っている。

私がバリバリのインドア派になったのもこの血筋のせいかもしれない(笑)

 

母とは全く性格が違うし、容姿もあまり似てると言われたことがないし、趣味も合わないので、母とは買い物も一緒に行かない。
母は身体を動かすのが好きで何十年も水泳やらマラソンをしているが私は死ぬほど苦手。

本を読めば2ページ目で寝てしまうくらい活字が苦手な人。

けれども、それで若干いやな思いをしたらしく私と弟にはとにかく絵本を読んでくれて

百科事典や文学集を取り揃えてくれた。

私は今にして思えば、百科事典をとにかく繰り返し繰り返し眺めていたので今でもいろんなページが頭の中にでてくる。


普段から連絡も取りあわない。
誕生日には一応メールがくるんだけど、そのフレーズがほぼ毎年同じで
顔文字がなぜか号泣してる顔なのが、なんで?と思いつつニヤニヤする程度。

 

私は小さい頃身体が弱く疳の虫も強くて
(弟もそういうタイプ。かつ弟はさらに気難しかったw)
母がつきっきりだったのを覚えているし
大きくなってきてからは、ほぼ干渉された記憶がない。
勉強しろと言われたこともなければ、通知表をみせてとかテストはと聞かれたことも一回もない。


これについては、祖母がそういう点が教育ばあさんだったというのと
母自身があんまり勉強は得意じゃなかったそうで、いろいろ聞かれてもわからないから触れないという人だったらしい。
現にいまだに偏差値の意味もよくわかっていないです。
これには助かりましたw

大学とかも良く知らない(興味がない)。

 


母がいつぞやか愚痴っていたのを聞いて笑ってしまったエピソードがある。
結婚時に退職した会社の再雇用制度の案内があってパートとして復帰していた会社でのこと。
会社の総合職の人たちは大手だったので有名大卒の人たちが多かったらしいが、それを鼻にかけているような人がまれにいたんだそうで。
母に大学にまつわる自慢をしたらしいのだが、母はその大学を知らないのですこぶる反応が悪かった。
その人に大学名を連呼されたけど知らなかったので「知らない」というと驚愕され、なんでそんなことも知らないのかといわれて、憤慨して帰ってきました。
大学名なんて言われたって、普段言ってること全然わかんないから頭の悪い学校だと思ってた
なんて本人の前でいったら刺されそうな暴言を家でぼそぼそ言ってましたw

仕事するのに大学の名前なんて関係ないしっていうお母さん、その通りだよ!ってことも同時に言っていた。


なかなかに天然不思議ちゃんな人ではありますが
自分と全然違うタイプの人が母でよかったと思う今日この頃。

最後に見た映画、なに?

 

JUGEMテーマ:映画

 

傑作と言われながらも色んな事情でDVD化されず作品の再上映もほぼない状態で半ば伝説化していた作品。
去年東京国際映画祭で上映され、今回約4時間のデジタルリマスター版が約半世紀ぶりに上映されるというので行ってきた!

 

以前に3時間版のものを観ているはずなんだが、興行的に失敗したとか、ソフト化されていないとかそういった事情を全く知らず。
内容もヒリヒリするような圧迫感と時代と人々の心情のうねりに
台湾映画って凄いんだなっていうところまでしか私の記憶力には留まっていなかったのを今回の上映を観たことで改めて気付いた。

 

1990年代はいろんな映画へと触手を伸ばし始めた頃に台湾は台湾ニューシネマという形で注目を集めていた時期であり
その他にも香港映画でもウォン・カーウァイなどが日本でも爆発的に注目されてそういう単館でかかるような映画を観ること自体がオシャレであるという時期だったんですよねー。


とりあえず意味はわからなくとも観る、みたいな。


1970年代の学生にとってのサルトルやカミュ坂口安吾は当然読んでるよね、みたいな感じ。

今思えば、当時カッコだけで全く理解してなかった(笑)

というのもですね、思った以上に難しい話で、戦前戦後の台湾の歴史背景や共通認識が少なくとも知識ではっきりないとわからない場面や台詞がいっぱいでてくる。


なぜここで母親は複雑そうな顔をしているのか
少年達は何に諦めたような眼差しなのか
父親がどうしてこういう状況に追い込まれているのか・・・


今観ても、ストーリー展開上重要な場面の意味がわからなかったり、ピンとこないところがちょいちょいありまして。
あはは、ダメじゃんっていう。

 

でも、そういう背伸びって芸術文化の鑑賞には時に必要なんだなーって観ながら思いました。
なんだかわからなくても、凄みのある作品って何かに飲み込まれるような部分というのがある。
それが何十年経っても脳裏に焼き付くので、もう一度観ると花がふわ〜っと香るように色々な記憶の断片や想いが蘇ってくるんです。
心に残る映画を繰り返し観ることの醍醐味みたいなものを味わえた。

 

 

主人公の少年一家は上海から渡ってきた台湾では「外省人」。
親はいつか大陸へ戻るかも、いや台湾で頑張っていこうと揺れている。
社会情勢によって自身の立場も行き詰まってみえたり細い希望がみえたり・・・と先の見えない不安感や焦燥感がある。
子供世代は大陸にさして大きな希望も郷愁もなく台湾で生まれ育っている。けれども、親の悲哀や焦りをなんとなく感じており
自身の将来の展望についてもどことなくなげやり。
エネルギーを集団で暴れたりすることでごまかしているようにもみえる。

 

主人公はごくごく普通な少年。
ちょっとしたきっかけで不良仲間ともどんどん仲良くなっていってあやうい世界に足を踏み入れたりもしているが、10年後にはそれなりの社会人になっているであろう姿が容易に想像できる普通の少年として描かれている。
「優しい青年でとてもそんな残酷なことをするようにはみえませんでした。」という声がここかしこから聞こえてきそう。

子供社会は大人社会の縮図とはよくいったもので、いろいろな人間で構成される世界は
子供の世界も大人の世界も同じで、焦りやいらだちが大人の方にあれば子どもたちの方も合わせ鏡のようにその不穏な空気を読み取るんだな・・・と映像を目撃しながら思った。

 

一方で少女の方は一見普通で、ちょっと薄幸そうだなーくらいなんですが

(ぶっちゃけ、そこまで美少女にみえないし、監督が探しまくって抜擢した理由が2時間くらいわからずに観ていた)

だんだん話が進むにつれてファムファタールの様相を呈してくる。

「いろんな人が私に告白してくるけど・・・」

などとシレっと言ってるし、主人公に私と永遠に友達なんだよね?とすがってみたかと思うと

主人公の怒りに対して、なんなの?みたいな冷酷な視線をよこしたり。

水面に突如投げ入れられた石のような違和感をジワジワ醸し出してきて後半はみていてえらく緊張させられる存在感。

なんだかものすごい説得力があって、あるべくしてある結末を導いた少女役だったな。


映画を観ながら、自分が置かれている親の世界、かいま見える子供の世界、自分自身が子ども、少女だったときの世情といろんなところに意識がトリップする作品。


抑圧され、そこから吹きこぼれた「何か」が今回の映画の場合は未成年の殺人だった。


誰にでも、どんな時代にも当てはまらない「なぜあの子(人)が」というものがあり

「そんなことはありえない」と思える事件がある。

 

ある時代を描きながら、それが普遍的に描かれている(ようにみえる)ってことはやはり傑作なんだなと自分の中で腑に落ちた今回の鑑賞でした。

 

JUGEMテーマ:映画

 

珍しく前売り券まで購入していたのに、結局観ることができていなかった無伴奏。
所沢ミューズにてミューズ シネマ・セレクション 世界が注目する日本映画たち Part17

にて、上映されたのでようやくスクリーンで観ることが出来ました!

このシネマセレクションは前年に話題になった日本映画にフォーカスをあてて上映してくれる。
監督やときには役者さんも来て、映画を巡るエピソードや想いを語ってくれるワクワクする場です。
思えば、荻上直子監督のバーバー吉野を観たのもこの映画祭だったと思う。

 

というわけで観てきましたよ、無伴奏。

監督と脚本家のトークショーつきだったので、そこで聞いた話を織り交ぜながら感想書きます。
小池真理子さんの自伝的小説らしい。原作未読。
成海璃子さんが、小池さんモデルであろう主人公の女子高生を演じている。
1970年前後の背伸びをしたい、周囲の自分への扱いや何かに苛立ったマグマを内面に抱えた潔癖そうな女子高生がピッタリでした。
この時代、自分は生まれていないけれど、通学した高校が1970年代の匂いが残っている(と私には思える)学校と個人的にめちゃくちゃリンクしました。
母校で教員になったという先生が凄く多くて、中でも1970年前後に高校生だった先生がうじゃうじゃいて当時の話を授業の合間にちょこちょこ披露していた。
それが、学帽をなくす運動の話だったり、教壇廃止闘争なるものだったりした。
無伴奏での主人公・響子たちのように、学生運動に感化され、権力に屈しない権威主義をぶちこわせみたいな空気が充満していたんだと思う。
周囲の田舎度合いと相まってずいぶんと時代に取り残されて居るなあなんて当時は思ったんだけど
無伴奏を観ていたら、その頃を思い出してなんだかひどく懐かしかった。
今でもそういう雰囲気なのかはわからないけど。

監督自身が70年代の雰囲気が残る風景が本当に少ない、ロケハンから大変だったと言ってましたし。

何気ない商店街の風景なども、当時はない監視カメラなどがどうしても入るのでそういうものは仕方なくCGで消して貰ったと言っていました。


とはいえ、響子たちのように自分たちの何かを破ろうともがくよりも、何事にもやる気あんのか?といったモラトリアムな高校生だったわけでずいぶんと無伴奏の世界とは違うわけだけど。
それでも、なんだかあの頃を思い出してなんだか恥ずかしいなあ、切ないなあという気持ちにさせられる映画だった。

 

監督の話でほかに印象的だったのが、劇中の登場人物達の年齢より俳優さん達の実年齢が少し上の設定なのは
同じ世代の人たちをキャスティングするとあの時代の高校生や大学生の顔にならないとおっしゃっていたこと。
なるほど。
あの頃の映画をみてもそうだし、自分たちの親の世代の若い頃をみても今の学生より老けているというか大人びているんですよね。
あれ、なんなんでしょうね。
(それと地続きなのか、今の老人も30年前の老人より断然若々しいし)
無伴奏でも早く大人になりたいという焦りのようなものを感じだけれど、現代だとどちらかというと逆だなというのも改めて感じたというか。


そして、質問にもでていたけどたばこを吸うシーンの多さ!
そういえば、子供の頃は父親やその周囲なんて煙でもうもうとしていてけぶっていたなあ。
マッチを格好良く擦るという仕草をやり慣れていないから練習していたというエピソードを聞いて、あーそうだよなあと思ったり。

 

あと、監督が「物語に興味がない」という話が面白かった。
監督にとっては映画って物語るものじゃなくて、目撃した場面やシーンを撮るものっていうようなニュアンスの話。
自分にはない発想と感覚ですごく興味深かったな。

 

池松壮亮さんと斎藤工さんのシーンも監督はほとんど演出を付けていないんだとか。
いつまでも観ていたいと思いながら撮った、自分が撮るからにはある面にクローズアップするのではなくて
あくまで「愛」を撮るんだと言っていたのも印象的だった。
そういう目線でもう一回観ると映画がまた違った光を放ちそう。


成海璃子の制服を脱がすのはオレだとか監督の名言が炸裂しててトークショー付きで観られてラッキーでした。

 

鈴太郎が絶対観たいというので、家族で観に行った。
思えば、アメコミ原作の映画って殆どみていない。スパイダーマンとかなり昔のバットマン位?
それもシリーズの最初の方ばかり。
なので、全然物語の背景を知らないままで観てます。

 

鈴太郎と一緒だと吹き替えになっちゃうんだけど
吹き替えもなかなか良かったです。
中でも、樋口可南子さんが吹き替えしていた主人公の師匠エンシェント・ワン。
演じたティルダ・スウィントがン女優さんとしても好きな人なので元の声でも聴きたかったけど

イメージ的に樋口さんの声はあっているので違和感なし。
知的でちょっと人知を超越したような俯瞰して突き放したような透明感のある声は
この女優さんの顔立ちや雰囲気、役柄にあっていたので心地よかった。

(でもなんとなくだけど、このキャスティング、樋口さんがその昔スキンヘッドにしたところからの連想かという気持ちも消えないw)

 

映像技術がすごいといわれていたのも観た後に知ったレベルですが確かにすごかった。


酔う(笑)


乗り物酔いする人は3Dじゃなくても充分じゃないかなあ。

うちは三半規管弱い一家なので、フツーの映像でも充分映像効果は堪能しました。

 

ストーリーとしては、西洋人の考える東洋思想みたいなものが程よくミックスされてて東洋人としては非常にわかりやすくみやすい世界観。
見えるものだけがすべてではない。精神の超越したところにある世界を鍛錬によって操るみたいなストーリー展開はなかなかにツボ。
悟りを開くためにチベットいくよね〜みたいな。(え?違う?)

主人公がどっちかというといやな奴っていう設定もよかったし。
考えてみると結構ばかばかしい展開をしているんだけど、なんだか妙な説得力があって私は好きな世界でしたw
続編作られそうなので、ぜひまた観てみたい。

 

鈴太郎の感想は

 

人生回ってるんだね。

 

なんだろう、あんまりわかっていないようで、わりと核心を突いたコメントがかえってきてびっくりしたw

JUGEMテーマ:映画

アカデミー最優秀主演女優賞と最優秀助言女優賞取りましたね。

 

このプロットにこのキャストを集めた監督の勝利。
役者さん達のハマり具合が素晴らしかった。
それにしてもこのプロットは反則です。
親子もの、動物ものには涙腺弱めなので見事直撃しました。
ありえん!というフィクション的なエピソードの連続なのです。
なのに、引き込まれてしまうのは監督の熱量と役者の力量なんだと思います。

宮沢りえ演じる「赤が好き」な実は情熱的な母。
どうしようもなくだらしないけど憎めない父。
健気でちょっと不器用そうな娘・・・

あざといくらいに伏線がエピソードに繋がり、それが観客に衝撃を与えるっていう。
いちいち、騙されていたというかびっくりしてました、私。

それもこれも主要登場人物の演技が素晴らしかったからなんでしょう。

必死に「家族」を作ろうとした人の話。
そして、その家族に横たわるのは「血縁」という半ば業のようなもの。

やはり、家族って血のつながりだけでは完成しないんだよね。
でも、血縁に時として異様に縛られる。
家族になろうとすることが大事なんだなと思わせてくれる作品。
それも夢を持たせるというか、私はファンタジーとして観ました。

2016年の同じく血のつながり家族物として永い言い訳と比較すると、永い言い訳の突き放した視点のほうが作品としては私は好みです。
けれども、とにかく力業で表現してしまった監督と役者陣に拍手を送りたい。

そして、この作品を観て改めて思ったのが、私はいつまで経っても子どもの目線で家族という物を捉えているんだなあということ。
親になったからといって、軸足が親になるわけではないんだな、と。
子育てしていても思うのが、親としての子どもへの対峙というより、子どもを通してみる子どもの時の自分と親の気持ちを俯瞰している自分の2つなんです。
子どもを通して、子どもの時の自分の行動や感情をもう一度生きている。
と同時に子どもの時にはみえなかった親はこの時はこう思っていたのかと気付く視点が加わっている。
自分とそれをみつめるもう1人の自分の存在が非常に立体的になったような感覚があります。
今回宮沢りえが演じた双葉という女性も、母親としての大人の自分と子どもだった時の自分それぞれが色濃くでてくる場面があるんですが、その時々の感情が痛いほど伝わってきた。

実は個々のエピソードには納得いかないなあという違和感のあるものが幾つもあったのです。
娘のいじめのエピソードへの対応とかその結果娘が起こした行動とか。
ヒッチハイカーの男性のエピソードも無くてもよかったかな。(役者さんがどうとかではない)

でも、自分自身が、子ども以外にいわば血のつながりのない家族に囲まれて暮らしている現在
家族として一つ屋根の下で暮らしていくには
双葉のように家族のルールや日常を大事に生活していくことで家族になっていくんだよなと改めて思った。
出来ることを必死にやっていって家族がまとまってきて、「死にたくない」と泣く姿に胸が詰まった。
ちょうど去年は、交流のあった同僚の奥さんが1年ちょっとの闘病でまだ幼児のお子さん2人を残して亡くなってしまうということがあった。
残されたお子さんが、夜中に起き出してきて「お母さんがいるから外に星を観に行きたい」と夜な夜な起こされるという話を聞いたりして思うと本当に切なくて、そういったことも思い出してしまった。
誰にでも死は訪れるけれど、考えさせれられる。
ちなみに、うちは弟が子供を連れた女性と結婚したので、いわば血のつながりのない子を自分の子として育てている。
気難しく神経質でいろいろとやらかしてきた弟ではあるし
身内を褒めるのもなんだかな、ではあるのだけれど
こんなに熱心に子育て出来るのか!と姉として驚くくらいマメに面倒みてよいお父さんなんじゃないかと思っている。

誰でも一生懸命生きていれば、誰かのかけがいのない存在になれるんじゃないか。

 

そう思わせる映画です。
 

AERAや東洋経済あたりで書いてありそうな
東京 の話を聞きました。

都心部に住んでる友人と久々に会いました。
子供の小学校の保護者会で父兄同士話していたら、そのクラスの半分近くの保護者が医者か歯医者だったっていう…。
公立の小学校なのに(笑)
で、みんな当然の流れのような感じで中学受験塾に通ってるそうなのだが、
将来は医学部進学→医者になってもらわないとっていう使命を帯びた子供達が結構いるんだそうな。
でも、現時点で全員が医学部への進学率も総じて高い最難関に行ける学力があるわけではない。
が、他の学校と比べると中学入学時点の偏差値的にはそれほどでもないけど、ものすごく熱心に生徒に勉強させるタイプの学校があり、医学部進学率がよいところがいくつかあるのだそうな。
(といっても伝統校で充分入るのは大変なわけだが)

私は、たまたまこのうちの1つの学校関係者の話を聞いたばかりで、この需要と供給の関係を垣間見てしびれちゃいました(笑)

上記のような学校の先生方も同じ様に

塾に行く時間がないくらいやることを学校から出します

テストが悪ければ補講も行います

それらをこなせるであろう基礎学力を身につけたお子さんであれば学校がなんとかします!とえらく力強かった。
しかも勉強だけでなく運動や行事も充実させてますと紹介された制度やイベントもなんだか気合が入っててすごかった。


生徒の文集などもその時配られたのだが、そこには普通に
これほど勉強した6年間はなかった
とか
地獄のような時もあったが乗り越えた自分を誇りに思う
とかっていうフレーズがちょいちょいでてきてる…(ひえええ)


現代日本では世間的には何にでもなれるよ!っていう雰囲気で

なんでもってなんだよ?ってなりやすいから大変だけど 子供の頃から人生が決まってるっていうのも大変だ。
戦前の日本だと将来のレースが引かれていた人はもっと多かったですよね。

軍人の家は軍人みたいな。
そういうプレッシャーが書かれてる小説が明治大正昭和初期はゴロゴロ転がってるし。

(小説家になるような人々は賢くとも決められたレールに向くタイプじゃなかったから自ら書きながら懊悩していたわけで。)
現代でも脈々と受け継がれているのを垣間見てしまった。

 

その逆もあって、一時期総中流時代といわれて消えかけたようにみえた貧困層というのも消えるどころか増えてきて

昔は普通にあった、経済的事情で進学できないっていう人が結構いるという時代に舞い戻りそうな気配も濃厚になってきていますよね。


環境に合う子がそれぞれ生まれてきていますようにと祈らずにはいられない…。


いやだって、こちらにとっても頭はいいが不器用な外科医とか嫌じゃないですか!
でも、医者ってびっくりするほどのヤブ医者やコミュニケーションの取り方がおかしい医師が必ず各地にいるじゃないですか!
って話が逸れてきたのでこの辺でやめておきますが、どんな職業も生まれた環境とか頭脳だけじゃなくてですね
その人の持っている気質と長所を活かし、短所はなるべく使わないものに就いて欲しい。

 

逆に優れた頭脳があるのに進学できなくて絶対向いているであろう仕事に就けないとかも社会的損失大です。

人間向いてない仕事してるとだいたいどっかで病みますから。

心身の健康を損ねるとどんなに優秀だろうとその能力発揮できないですからね。


日本は人材益々減って行くんだから、多様な人材を多様な世界へと配置すべく、子供の適性を見極めてサポート…できるかなぁ。

仕事に就くルートも親の見極めも今までの形にとらわれることなく、子の自立を後押ししてきたいもんです。

 

言うは易く行うは難し。

4年生になり、学童がなくなってから友人関係が学童=保育園からの友達という狭い単位から徐々に拡がってきた。

その中で、ちょくちょく名前がでてくるけれど、実際に何度か接して
ウーンと首を捻るようなA君がいた。
でもその子の家のご両親は挨拶してみたらとてもよい方々だったし
まあ子どもたちの関係性だからと黙っていた。

最近になって、A君とあまり遊ばなくなっており
代わりに別の友達の名前を聞くようになってきた。
その中に、低学年の時に授業に集中できず先生を手こずらせているB君がいた。
ちょうどその頃PTAに絡んでいた私は
読み聞かせや行事の補助をやって子どもたちと接する機会がたびたびあった。
B君は、大人の私に物怖じせず話しかけてきて
興味あることはやるけど、そうじゃないことはガン無視であることはわかった。
私は、B君は成長のバランスや拘りが強いだけで人間として好きなタイプ。将来が楽しみだなあと思った。
しかし、当時の鈴太郎は突然キレる(ようにみえる)B君は怖いというのみだった。

 

先日鈴太郎がこういった。
「B君はさー、怒るとめちゃくちゃだし、怒らないようにっていう授業を受けに行ったりしてるけどさ、本当は優しいんだってわかった。最近たまに遊ぶけど楽しい。友達もいっぱいいてすごく顔が広い。」

じゃあいろんな友達と遊べるね、よかったね。

ついでに
A君とは最近あまりあそばないね、元気なの?と聞いてみた。

「A君は、気に入らないことがあるとしつこく責めてくるから、イヤだ。(仲の良い)C君やD君がよく遊んでるから一緒に遊んだけど、ちょっとね・・・。」

 

心の中でガッツポーズしました。
ようやく自分の中で楽しく遊べる人とは遊ぶけどそうじゃない人とは遊ばないということができるようになってきたのかと。
低学年の時は怯えるばかりだったB君の良さもちゃんとわかるくらいに成長したんだなあと感慨深い。

 

鈴太郎は過敏なタイプだから小さい頃は泣かされまくり。
必然的に仲良くなる子はおっとり男子ばかりで、その中で遊んでいる分には平和だけど
ジャイアンが1人現れると、おっとり男子が束になって家来になっちゃう。

遊びにいって大事にしているシールをちょうだいといわれてジャイアンにあげて、ジャイアンにはシールは家にあるから次遊ぶ時にもってくるからといわれてそのままスルーされるとかっていうみえすいたアホな戦法に見事にひっかかるタイプだったんですよねー。

まあ、これも本人が後生大事にしていたシールを友達に自慢したいっていうところからきてるから、自分自身でNOが言えなきゃどうしようもないわけで。
あげたくないシールはちょうだいといわれても断れないなら持っていかないようにするとか自分で考えなきゃダメなんだよってこんこんと諭すところからやってたわけですよ。

自分できちんと管理出来るようにならないと
遊び終わって家で確認してみたらカードが一枚足りない(それもレアカードみたいなものが)なんてこともあるわけで。

親が介入する友人関係もそろそろ終わりを告げる年代に入ってきたようです。
荒波に揉まれとるなと思うこともあるんだけど、そろそろ10代に突入するので手を離していこうと思います。


 


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