子供の頃は、特にクリスマスだから何かをした家ではなかった。

クリスマスプレゼントも何回かもらったと思うのだけど、ほぼ記憶に残ってない。

父親には7歳くらいの時に

うちは無宗教だが、しいていうなら仏壇があるから仏教徒だ!
キリストの誕生日はキリスト教徒のものだから祝う必要はない!

サンタ?いるわけないだろう、そんなもの。

そう言い放たれた記憶は残っている(笑)

というわけで、クリスマスにあんまり夢も希望もなかった。
正月の方が気合の入った華やかな思い出があるせいかもしれない。

大学生担ってからは常にバイト入れてた気がする。
時給がよかったり、この期間出ると重宝されたから。
社会人になったら、最初の会社はお菓子屋さんだったので、バリバリ繁忙期であった。

ので、あまりクリスマスの思い出がない。

クリスマスの日に休みだった時があり、家人と映画を観に行く事になった。

そこで観た映画のチョイスが
ブレアウィッチプロジェクトであった。

邦画のホラーは全く怖くて観られないのだが、洋画ホラーは好きなので、これもいけるかなと思ったのだが、ちょっと眠そうになった。
あまり興味あるジャンルじゃなかったんですねぇw
話題の映画だったから観たかったみたいな。観終わった後の会話が盛り上がらなかったこと(笑)

でも、そんなことも含め意外と忘れないものですね〜。

家人と観たいものが結構合わないので、お互い妥協点を探して作品を選ぶと結構な確率で微妙なチョイスになるという始まりの映画だった気がする。

え?
それ以外の作品?

アルマゲドンとか
陰謀のセオリーとか。

この二本とも、わたしゃ嫌いです(笑)
特にアルマゲドンは、エアロスミスの歌を聴くだけで未だに怒りがこみ上げてくる位、ふざけんなよこのストーリー!って未だに思うくらい、トラウマです。

あれ、クリスマスの思い出話がなぜ、映画の恨み話に…

「鈴之助」という名前とはもう16、7年くらいのつきあいになります。
俳優にまったく同じ名前の方がいらっしゃいますが
何年も経ってから気付いたのでもうそのままにしています。
その俳優さんの方がもっと前から居る方なんですけどね。
(たまに検索で、その俳優さんのブログかと思ってたどり着かれている方がいるのですが、すみません。全く関係ないです・・・ごめんなさい。)

ネット絡みで出会った方にお会いするとき
はじめましてー、鈴之助です!
なんていうと、最初ビミョウな反応をされます。

ネット上ではしばらく男の人かと思っていたともよく言われます。
ネット上で男かもと思われるであろうことを想定してつけたハンドルネームなのでそれでよいのです。
このハンドルネーム付けたばかりの時は、女性だとわかるとネットストーカーとかくるし
エロ絡みの人も寄ってきて怖いこともあるかもしれないから
勇ましい名前にしておけ、と当時パソコンやらネットやらに詳しかった従兄や先輩方に言われ
それならばと、武士っぽい(?)名前にしてみました。

でも名前だけじゃなく、どうも書くことや文章からも男性だと思われることが結構ありました。
いまは子どものことなどを書いているせいか減りましたけど。

「鈴太郎」も「鈴之助」から派生した息子用のハンドルネームです。
息子は知りませんがw
娘だったらここを読んでいる方につけてもらった「小鈴」になる予定でした。
家人にもハンドルネームがあるんですが
家人と書けば事足りるのでほぼ使っていません。
ちなみに、「スマオ」です。







以上
ブログのドイツ語が学習帳さんの
都道府県をドイツ語読みしてみた
より

以前Twitterで流れてきておもしろかったもの。

私は、Osthauptstadt(オストハウプトシュタット)在住。

さて、みなさんは?

このブログさんでは、主な苗字をドイツ語読みにするっていうのもあり
個人的に
ベルクライスフェルトとか
マイスターヴィステリア
あたりかっこいい…

ちなみに日本語で
山田と伊藤です(笑)

年々バイカラーやマルチカラーの色合わせに心臓を撃ち抜かれる事が増えてます。
気づくとバックや靴などの持ち物がバイカラーだらけに。
バックなんかは特に内側と外側が全く違う色合わせとかときめきます。

ここ数年はプラダの広告ビジュアルの色合わせが好きで、この色合わせで編み物を…とか布小物を…と思うのですが、ほぼ妄想で終わってて切ない(笑)

例えば2015-2016AWだとこれ。
このベージュ、水色、ピンクとか。


ここで挙げるのはあくまで例ってだけなんですが
例えば靴なら
ソールとヒールと色がパッキリわかれてるこういうのとか


こういうバイカラーが好き。


お財布とかだとこのセリーヌの
こういうバイカラーとか。


はう〜。
色合わせ見てると幸せっす。
みーてーるーだーけー。

るるる〜。

ちなみにプラダもセリーヌも持ってない〜。
プラダの靴がほっしいの?
と20年前歌ったオザケンが未だに遠いっていう…。

祖母の喪が明けたので迷っていたお笑い年賀状を今年もやることにしました。

行きやすい所にコスプレ等のメイクまでして撮ってくれるスタジオを発見した。

同じような人が結構くるらしく
あ〜、いいですね〜
ご家族で年賀状ですよね?
と受付でサクッと言ってもらえて話が早い(笑)

今まで写真館だと爆笑されながら撮られたりしてたので、こういう意図がわかってるスタジオがあるとありがたい。

カメラマンさんもこちらの目的と意図から構図やポーズを考えてくれてテスト→本番→その場で確認、写真選択と流れるような作業でサクサクやっていただいてよかった。

ここ、通常は宣材写真やプロフィール写真が多いそうですが、ちょっと面白い家族写真とか撮りたい方にもオススメ。

うにスタジオ

家人は
「撮られ慣れてますね。俳優でもやってたんですか?」
などと言われていた(爆)

全くてらいがないんですよね〜。
写真を撮るとたいていよく撮られたいと顔や身体に力みが入って不自然になるものなのですが、家人はそれがないので、カメラマンによくこう言うことを言われているw

チッキショー。
しぶしぶ撮られるふりで楽しみやがって(笑)

というわけで、前回年賀状いただいているお宅にはもれなく配布されますのでお義理で笑ってやってください。

あ、もういらないという方はですね、年賀状こちらに返さなくてOKです!
来なければ察して出しません(笑)

しかし、そろそろネタが尽きてきました。
今回は桃太郎にしてサル、キジ、イヌに扮したら3年間まわせるんじゃないかと考えたんですが(笑)
桃太郎がいないし、桃太郎用の衣装も割高でねぇ。
さるかに合戦も考えましたが、うちの家族でやると、サルが鈴太郎、カニが家人、私はおにぎりにでもなるしかなく…
どこぞの会社の余興みたいなノリなので止めました。

というわけで、全く関係ないネタで攻めますのでよろしく〜。



アドベンドカレンダーをやろうと思い立ったはいいが、未だ24日まで作っていません(笑)

上の写真は参考にしたもの。

それを受けて家にあるもので包んだら
こうなりました。


中身はにゅうめんとか茎わかめとかカルパスなんだけど(笑)

本場ではそんなチンケなものではないようで。
鈴太郎の予想とも違ってるらしく、日々微妙な反応しか返ってこない。ははっ。

来年はどうしましょうかね〜。

昨日の希望出生率1.8ネタ関連。

北陸の3世代同居共働きの場合
(あくまでも親戚複数組の実例しか直接は聞いたことがないけど)
確かに働き者で祖父母も働いてたりしていますが
息子夫婦や娘夫婦は正社員でも帰宅が子どもが寝静まってからや夜中が普通ってことはない。
保育園にも預けるし、介護施設にも預ける。
ただ、朝と夜は少なくともご飯を食べる時間帯に一家が揃うようなタイムスケジュールで働いている人が多いところが都会と違う。ある意味国が奨励する理想だと思うが、その半分だけを導入しようといってもそうはいかない。
北陸の3世代同居形式を全国に行き渡らせたいなら、働き方やライフスタイルも見なおさせる方向に持っていかないと制度に負荷が掛かりすぎて絵に描いた餅で終わる。

だいだい、3歳まで手元でってあーた
今の大正、昭和初期産まれの農家出身者の乳幼児期の話を聞いてご覧なさいよ。
私の祖母は6歳7歳の時はすでに1歳の妹をおぶってオムツ洗ってたっていうし
祖父は歩いて目を離した隙にどこかへ落ちたりしたら大変だからと一家総出で野良仕事中はあぜ道にカゴ置いてその中にいたそうだ。カゴの中央に座らされて動けないように布団でぎゅうぎゅうと押さえつけられてたから歩けるようになったのが2歳過ぎだったといっていた。
要は家族と一緒にいるけど、みんな忙しいし子だくさんだから
子どもが子どもを世話するか、半ば放置されていたわけで。(あくまで傾向ですけどね)

私の時代と今ももう感覚が随分違う。
昭和50年代の子どもは、小学生ともなればある程度距離があっても習い事やら友達の家やらは1人でも行き来したし
宿題を親にみてもらうって子もそんなにメジャーではなかった(と思う。)
子どもの数自体が今年間100万人で、我らの時代は200万人と倍でしたからねぇ。

いまや、習い事の送迎は当たり前だし(特に低学年)
宿題の丸付けを親がするとかも学校から指示がフツーにでるし
それどころかPTA以外のボランティア手伝い(図書館の整理やら飼育小屋の掃除やら校外学習での見守りやら)もフツーである。

そういったこともあるのか、子どもの虐待だ事故だと叫ばれているけど
子どもの死亡率自体は激減している。
4歳までで1970年と2008年を比較しても100ちょいから22.3へ。
ただし、2005年国際比較だと17位で1位フィンランド11.85と比べるとまだ倍ですが。

そう考えると子どもの数が少なくなった分、目を離したすきに亡くなったり
目が届かなくて子どもが犠牲にという事例が減ったことである程度無事に大人になる人数を保っているともいえるんだけど。

我が国の幼児(1−4歳)死亡率の年次推移

乳児の死亡率変移をグラフ化してみる(2015年)

あと、関連で興味深い統計だと思った男女それぞれの死因順位。
女性は、不慮の事故が死因の第一位になることはどの世代でもないのに
男性の場合、1歳〜19歳まで(5歳刻み)の死因第一位が全て「不慮の事故」
男の子はやっぱり危険なことに手を出したり飛び出していったりしやすいのね。

そして、自殺。
男性は20−44歳まで死因の一位は全部自殺。
女性は15−34歳が自殺。
女性の方が5から10歳精神年齢が高いんでしょうかね。
そして図太いのか、社会的責任が男性の方が重い人が多くなるからか、男性の方が死因として長く上位をキープ。
ちなみに男女ともに死因の5位までに自殺がはいってくるのは10歳〜14歳の世代から。
小学校高学年くらいから外的要因の死だけじゃなくなるんですね。

最後に老衰。
女性は95以上の2位、100以上の1位にこの死因がくるのだが、男性は100以上でもようやく2位。
90以上の死因はずっと肺炎。女性は心疾患。
これは喫煙者が男性の方に多いからなんでしょうかね。

厚生労働省・死因順位

いろいろ資料観ていたらなかなか興味深かった。

12月になりました。

例年、この月はバタバタするんですが、今年は時流に乗って?

アドベントブログっていうのをやってみます。
ようは、アドベントカレンダーみたいにクリスマスまで毎日更新してみるってだけなんですが。
続かなかったらすみません。

では、早速。
しょっぱなから書きためてあった、重い話題w

今になって政府が希望の出生率1.8とかあげてきています。
10年遅かったんではという感想がまず浮かびます。

団塊ジュニア世代が大学受験の時すでに少子化高齢化社会、介護の時代がやってくると福祉系の学部は大人気で
今の状態になることは10代だって知ってたわけです。
人数多いだけに無駄に競争も激しく、かつ社会に出る前後に不況になったのもあり安定志向がことのほか多い世代だと思うんですよ(私の周囲だけか?)

母数が多かったんだから、国が洗脳だろうが脅迫だろうが
早く子ども産んでおかないと、産みたくてもなかなか産まれたないという状態になるかもしれないぞーって10年前に言われたら
1.8は無理でもこの10年の間に1.5越えるくらいはいったかもしれないのに。
一番母数が多い世代がすでにアラフォーでそろそろ子どもは厳しいという年代に突入したタイミングで
30年前の出生率にあげたいって希望をいうのは自由だけど無理だろっていう。

そもそも10年前でも既に

・妊娠したら出産の予約は5ヵ月の時点で予約しないと分娩できない

・保育園が大激戦。人気の幼稚園は徹夜で並ぶ


という状態で、私が鈴太郎産んだ後に知り合った同じ時期に子ども産んだ人は働いていた人もかなりの人が妊娠で退職してました。

さらに、団塊ジュニア世代まではざっくりいって価値観が昭和の最後の世代なんですよねー。

昭和50年代産まれになるといわゆるイクメンの率がグーンとあがる。

我らの世代の意識をねぇ、せめて10年前に今と同程度の共働き新米パパママ世代くらいの認識に変えられていればねぇ。

何がどう違うか横暴に平均値を言うと

・バブル世代(50前後)

オムツ替え?・・・おしっこなら何回か替えたかも。うんち?ムリムリムリ!!
休日は接待ゴルフだなんだで子どもの寝顔しかみてないなあ。
夏休みはキャンプに連れて行ったり家族サービス頑張ります。
子どもの教育と躾けは妻中心、私は要所で金出します。


・団塊ジュニア世代(40代前半)

※20代で子ども産んだ人は旦那さんの感覚がバブル世代に近いかも。
オムツ替え?できるできる!うんちは無理だと思ったけど我が子なら出来た!
0歳の時は無理だったけど喋るようになってからは子どもと留守番くらいならできるよ!
保育園のお迎え?やってる人もいるけど俺は無理だなあ。送迎すると会社に間に合わないんだよね・・・
え?熱が出た?!あー会社早退はちょっとできないんだよ、頼むよ。
保護者会?母親しかいないでしょ?


・1975年以降うまれ(30代)

オムツ替えもミルクもだいぶ慣れましたよー!抱っこして2人で出掛けるの楽しいですよ。
保育園の送迎は妻と交替で。
熱がでたって園から連絡がきたんで今回は僕が早退します!
っていうかなんなら育休とらせてもらえないですか?
保護者会も交替ででますよー勿論。


これくらい私の周囲は開きがある。

うちの会社は大企業でも特に制度整ってもいないけど
厚生労働省が提示している介護と育児休業制度を規則に組み込んでもらったので国がここまではという保障の部分は会社で出来る。
ぶっちゃけ、今の時点で国がだしているものを企業である程度取り入れられれば夫婦共働きは可能だと思う。

男性社員で二人目産まれたときに育休(2週間だけど)とって上の子の面倒を全面的にみたって人もいれば

毎朝4時起きで洗濯、朝食作りをし子どもおこして支度させて保育園に預けてから出社してくる人もいる。
(奥さんは帰りと夕飯担当と完全分業制なんだそうな)
園から発熱コールとか子どもが病気になったときの休みも他の同僚でも30代だと共働きの奥さんと交替が普通。

とりあえず、今の2,30代の共働き世代がやっている両立の制度や仕組みが
かなり一般に浸透すれば多少出生率が上向くかもしれぬ。

そして、アラフォー以上の人間の啓蒙、意識改革も必須だと思うんですよね。

どういうことかというと
自分がした苦労を次の世代にも背負わせたいとしか思えない嫁いびり精神構造っていうんですかね。

例えば

保育園?自分たちの時代は祖父母も含め家族総出で子どもをみて、みんなで働いていたんだから家でもみられるでしょ。
おんぶして子どもをみながら働く事が難しいなら、家にいて子どもが大きくなってから子どものいない時間に働けばよい。


例えば

俺の時代は、家庭の用事で仕事を休むとか考えられなかった。
自分が子どもの頃は全部母親だったし、その方がスムーズ。
奥さんは一体何をしてるんだ?休むとか怠慢じゃないのか?


とかとか。

出生率を希望だろうがなんだろうがあと10年横ばいまたは微増でもいいからあげるんだっていう政府の意識が本当なら
その中心に40以下の人間を複数置くことは必須じゃないかな。

並外れた想像力のある人ならともかく、人間当事者になったことがなければよくわからないものです。

責任もって働け、だけど家事は今までどおりやって子供の面倒も女性が主体でみてくれないとなんてやってたら
スーパーウーマンからしか子供産まれないし、育てられまへん。

今年も去年に引き続き、蝉の幼虫が道を歩いていたので連れ帰り

カーテンに留まらせて羽化を観察しました。



日暮れ近くに土を出た幼虫はそのまま夜にかけて羽化し、翌朝には飛び立つ。

アブラゼミは、出てきたときにはしろっぽく、徐々に黄緑から薄い茶色、そして最終的にはあの見慣れた焦げ茶色になる。


羽化自体は1時間くらいで終わり、羽根を拡げて色が完全に変わり、硬くなるまでさらに数時間かかる。



こちらは卵をもったミンミンゼミ


虫ほど人によってマニアと苦手が交差するいきものもいないかもしれない。

男性も大人になると身近ではないから苦手っていう人が結構居る。



かくいう私は鈴太郎が虫好きなのもあるけど

子どもの頃からわりと平気。今もだいたいの虫は手づかみできるし、観察するのがかーなーり好き。

色合いや模様も観ているとアールヌーボーやアールデコを思い出してうっとりしたりする。



子どもの頃にもうちょっと頭が回って、絵の訓練できていたら生物画家とかになりたかったなぁ。



人口が増えすぎた現状では将来昆虫は重要な食料になりうると聞いて

昆虫を食べるのも、まあモノによるけどやぶさかではないと思っている。

けど、そういう人は少数派らしいと気付いたのは最近。



虫は虫でも毛虫や芋虫、ナメクジ、ムカデといった足がないもしくは足がいっぱいの節足動物系は苦手。

苦手ではあるけど、観察は嫌いではないので植物につく虫などはすぐ発見できる。

毛虫、芋虫などは、葉を食べるだけでなくかなり糞を落とすのでその痕跡で周囲を観察するとすぐみつかる。

これはナミアゲハの幼虫


バッタが葉っぱを食べていた。



食料としても芋虫あたりは栄養価満点そうだけど、ダメだなあ。

姿がわからなければ食べると思うが

まず、あの状態を調理するのがなあ。

その辺も現実的になったらすでに下処理済みのものたちがでてきてくれると思うけど。



話が逸れまくった。

虫の写真を出しながら、食べる食べないという話をするのもなんだかな(笑)



最後に、虫がいるには理由があるという話で締めくくる。

以前から家の中に小さな蜘蛛がよくでるんだが、これも家の中にエサがあるからだということに今更ながら思い至りました。

ヤモリもそう。

彼らはうちにいる蟻やら蚊やらゴキブリやらを捕食している(多分)。

ようは益虫なんですよね〜。

庭にテントウムシがいっぱいいるのも、アブラムシやアリマキが植物についているから。

カマキリが現れるのも虫を求めて。


いろんな野鳥がわあわあいるのも、いろんな蝶や蛾やら昆虫が卵を産んで芋虫やら毛虫やらがいるから。

というわけで、鳥なぞはかなり楽しませて貰っている。

ヤモリもカワイイので、どんどん育って害虫を食べていただきたいw



家の中や庭に食物連鎖を感じる。

本日は新盆で祖母に会うため、お墓に行くので祖母から聞いた戦争の話を。
何度か書いてますが、祖母は終戦を旧満州の大連で迎えました。

祖父は元々東京電力に勤める技術者だったそうですが、社宅で火事を出してしまい家が全焼。周囲にも迷惑をかけたと居づらくなってしまい、転職せざるを得なくなったとか。
そこで、鹿島建設関連の満鉄に絡む仕事をする土木技術者として一家で満州に渡ったとのこと。

天皇陛下の玉音放送は近所の人と聞いたが、音声が非常に悪く何を言っているのか殆どわからなかった。
けれども、その前から現地の偉い人が一家でいきなりいなくなったり朝鮮の方へ逃げたと聞いていたのでかなり戦況が危ないのではないかと近所の人と話していて、日本が負けたらしいという話が伝わって理解したと言っていた。

戦争が終わったといっても大連まですぐソ連兵が侵攻してきたわけではないので、しばらくは生活もさほど変わらず、使用人としてきてもらっていた中国人夫婦が色々と気を配ってくれた。
食べ物が終戦前から足りなかったので一緒にサツマイモなど野菜を協力して作っていた。のちにこれを売ったり他のものと交換したりしてしのいだと言っていた。

ソ連兵も不可侵条約を破る前までは、子供だった伯母たちを相手に遊んでくれる程気さくで、伯母たちは簡単なロシア語が話せるほど可愛がってもらっていたが、そこは終戦を機に一変してしまい、時々集落を大挙して襲うので、屋根裏や床下に隠れることになった。
これも、襲撃前に祖母は使用人だった中国人夫婦が投げ文で報せてくれて事前にわかっていることが多く見つからずに済んだといっていた。それでも、人が隠れているのではないかと家の中に土足で上がり込んで、軍靴を鳴らし、サーベルを床下や天井に突き刺すので、何度かもうダメかもと思ったそうだ。
祖母はこの経験で、以降旧ソ連の事は大嫌いだといって憚らなかった。
朝鮮半島も、そちらを経由して帰国しようとした知人が随分亡くなった、その亡くなる経緯が悲惨なものが多く、元々戦前からの部落差別と相俟っていい感情を持っていなかった。

祖母は一方で助けてもらった満人(満州にいた中国人)のことは決して悪く言わず、中国残留孤児の事も、満人は良くも悪くもおおらかな人達だから、子供でもある程度は生き残る事が出来たんだ、北の方へいくほど貧しかった筈であの時代他所の子をしかも複雑な感情のある国の子供を育てるなんて日本や朝鮮では真似ができない気質だと言っていた。

これらは祖母の個人的な体験からきている。
なので、偏見に満ち満ちている。
だが、祖母は戦時中に日本人が理由なく満人や朝鮮人を酷い目に遭わせたのも日本人が悲惨な目に遭わされたのもどちらも見聞きしている。
酷い人は何人であろうといるし、戦争になるとみな自分が生きるのに必死で他人の事どころではない。そんな時代二度と嫌だとの言葉は重みがあった。

満州でも祖母は後からみるとわりと恵まれた方だったんだろうとつくづく思う。父は昭和21年12月生まれ、つまり戦後の満州で祖母は父を身籠り産まれた。
そして、昭和22年1月に中国人夫妻が協力してくれたそうで無事引き揚げ船に乗り、一ヶ月かけて帰国。船に乗る前に、祖母は頭を坊主に、顔は黒く炭を塗り男装した状態で祖父と子供3人、一家5人。しかも父は生後一ヶ月で何度も船の中でダメかもと思ったそうだが生きて帰ってきた。

船の中ではおしめを祖母のお腹で乾かし、母乳はよく出たので他所のお子さんにもあげていたそうだ。
それでも毎日死んだ主に子供が海に投げ捨てられた。時にもう親自身が育てられないからと生きたまま投げてしまったのもみたそうだ。

この時祖母は30歳。今の私より若い。

多くの人の苦労と犠牲の上に自分が生きている事を心にとめようとおもいます。


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